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Robert un Berge (後編)

実姉から送ってきた小切手を換金に大阪に行くから、とRobertから電話があった。
銀行員がモタモタしてなかなか換金しない。挙句に1週間後にもう一度来るようにと言われ、Robertが怒った。決まりだから。おかしい、そんな馬鹿な。
怒り続けるRobertのそばで、私は小さくならざるを得ない。日本人の感覚としてこれほど怒るRobertが、みっともない、と思う。銀行員は私に、早くその2メートルを連れ出していってくれ、という合図を送る。私にRobertを宥める術はない。Robertと一緒にいる時、こういうことが2,3度あった。みっともないと思ったRobertの怒りに正当性があり、怒るのはみっともない、怒ってもどうにもならないという敗北主義のような自分の感性の方にむしろ問題があるのだと次第に気づいていった。
不当だと思える扱いをされて、黙っていることしかできないことほど、子供じみて情けないことはない。この発見は、後に自分がParisで暮らすようになった時、どれほど役立ったことだろう。

Robertとはよく居酒屋に行った。マス酒やヒレ酒はRobertが飲むのを見て初めて知った。周りのおじさんたちが近づいてきて必ずこう言う。

おじさん「その女の子、大事にしないとダメだよ」
B「Robert聞いた?大事にしないとダメよ」
R「僕が君を大事にしなかったことが一度でもあるかい?」

Robertは私より6歳上で、名古屋の女子大と大阪の料理学校でフランス語を教えていたけれど、実は留学生で、実家から援助を受ける身で、一日も早く自立したいと、いつも言っていた。
一度Robertの部屋で靴下の繕いをしたことがある。電球を入れて、昔父に教えられたように針と糸を使って。そしたら、これもあれもと穴の開いた靴下をRobertがどっさり持ってきた。日本人の学生より、はるかに苦しい生活なのだろう。
Robertはパイプをくゆらせて、いい匂いがするのだけれど、その火で時々ポケットに穴を開けてしまうようなドジなところがある。そうした欠点も含めて、Robertと私は心の奥底の襞が、とても合うような気がした。
ー「素晴しいニッポンバレです」?
Robertが窓を開けながらそう言う。
・・・・・・

それは京都の、やはり居酒屋だった。時間が遅いせいか、客はRobertと私、そしてもうひとり報知新聞の記者、仮にSとしておこう。
いつの間にか”日本の戦争責任”のことが話題になっていて、RobertとSが意気投合「日本は侵略戦争で迷惑をかけた国々に謝罪をしなければならない」等と言っている。

B「ベルギー人のRobertに日本の過去についてトヤカク言われる筋合いはない」
S「否、反省すべきことは反省しないと。ドイツ人のように大人になって反省しないと」
B「おじさん、新聞記者なのに。ドイツが謝罪し反省しているのは、ユダヤ人の虐殺ですよ。ドイツはユダヤ人と戦争していたわけではない。証拠も証人も引っ込めようのない犯罪なんですよ。日本は同盟国でありながらそんな狂気に走った理由なき犯罪に加担していません。戦争行為は、やるかやられるか、あくまで戦争であって、勝つか負けるか、そしてその後は講和条約で決着でしょう」
R「Remember Pearl Harbor. 日本は卑怯な開戦をしたでしょう。卑怯な過去をいろいろ総括して清算しないと」
B「すでに暗号解読されていて、アメリカ側が開戦宣告をのらりくらりと受理しなかったんですよ。あんなのも米国のプロパガンダです。知性のあるアメリカ人はすでに認めている事実です」
S「そんな態度では、これからの国際社会で、日本も日本人も生きていけませんよ」

南京大虐殺も従軍慰安婦問題も、靖国神社参拝もA級戦犯も、政治カードになるとはまだ誰も思いもしない、30数年前の京都の一夜の一場面だ。

私は祖国のために無念に死んでいった英霊たちの名誉を守りたい。
それは過酷だったが、私はあの政治の季節を「右翼」のレッテルを貼られて生きてきた!怒りは収まらず涙をためた目でRobertを見た。
政治クラブ「七曜会」に属し、日本戦史や国際政治の学習もすでに数年前からスタートさせていた。
Robertを許せない哀しさに、私は心身の深い深い部分で身悶えした。

/////////////
2007年7月15日、発行されたばかりの本が今手元にある。
「平成攘夷論」小林よしのり著。日本人としてのAccountabilityがわかりやすく集約されている。ご一読をお勧めしたい。
Tel Quel Japon : Politique
こちらはささやかな一日本人のaccountabilityの任を負う、私のBlogである。一番最新の記事でも、試しにクリックしていただけたら幸せである。
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Robert un Berge (中編)

Joeが企画して私を招待してくれた日仏学館のクリスマス・パーティー。Joeとステイジで踊りまくって皆から拍手をもらい、急速に親しくなったあの同じパーティーで、実はRobertとも出会ったのだった。
Robertは「2メートル」というニックネイムのベルギー人の大男で手も足も顔も何もかも大きかった。金髪で奥まった目には哀愁と誠実さと傷つきやすさがミックスされていた。外では黒マントを着ている。
Robertの黒マントの中に入って身を寄せると、小さな私は完全にRobertの一部になってしまう。Robertのマントの中にいると、ああ、もう東京に、Gに会いに行かなくてもいいかもしれないと、思えたのだった。
Gに会いに行くのは傷つくためだ。傷ついてGに会いたくなくなるために何度も上京していた。それが無駄だと知ると、今度はGを傷つけるためにGに会いに行くようになった。Gに完全に嫌われるために。

Robertをじっと見た。何の違和感も無かった。強烈な磁力だけを感じ
た。Robertとなら同じ空気が吸える。それにGから遠ざかることもできる。大阪や京都で何度もRobertと会った。
ある日Robertに上京する用事ができた。
RobertにはGがどう見えるのだろう、GにはRobertがどう見えるのだろう。私は「友人に会ってきてほしい」と言ってRobertにGの住所を渡した。

Robertは上高田のGの家まで出向いてGに会ってきてくれた。
「どう思った?」と聞くと、Robertは顔をしかめて首を横に振った。
何か嫌な思いをしたのだろう。
私は二人の出会いにどんな結果を望んでいたのだろうか?
ベルギー人のRobertの部屋には大きなルネ・マグリットの画集があった。画家のGとマグリットの話でもして友達になってくれることを、ひょっとして望んでいたのだろうか。失敗だった。
単にGを驚かせただけだったのかもしれない。

次にGに会った時、さりげなく聞いてみた。
「私の友達が会いに来なかった?」
Gribouille「そう。来たよ。道に迷って電話してきた。お酒屋さんの角を曲がって、って説明したら『お魚屋さんの角を曲がったけれど、またわからなくなった』って電話があって」
これがGの言ったことのすべてだった。
Gはやって来たRobertを一目見て、私の心身にどんな変化が起ころうとしているか、おそらく瞬時にすべてを直感したのだと思う。

////////////////
クリスマス・パーティーから一年すこし後(?)Joeが日仏学館の留学生試験に合格して、それから家の援助も獲得して、半年ほどヨーロッパ遊学をすることになった。
早速第一報の手紙が来た。

「現地に来て学生会館に落ち着きました。まず1,2ヶ月ほどはみっちり勉強です。こちらに来る飛行機の中で思わぬ人と隣席になり吃驚しました。誰だと思う?休暇で実家に帰るRobertです。この先僕に何が待っているのか。一週間後に第二便を出します。楽しみにしていてね。
Je pense a toi. Ton Joe」

Robert un Berge (前編)

「この間電話で僕が『慙愧してよ』って言ったら、Marieは間違えて『わかったわ、懺悔するわ』って言ったでしょ。罪の意識を認めてるんだから、もう」
珍しくJoeが怒って嫌味を言っている。
Joeとお昼ごろに会う約束をして、結局夕方の4時ごろ「ごめんなさい。今日は行けない」ってキャンセルの電話をしたのだから、人間として慙愧して当然だ。けれど当時の私は、約束の時間にまともに行ったことは一度もなく3,4時間の遅刻は当たり前、直前のドタキャンも平気という脱社会娘だった。何人の人をカンカンに怒らせただろうか。Joeは私のそういうところをまだ知らなかったのだ。
「僕はね、Marieから電話がかかってくると思って、電話のある1階に降りて、することがないからずっと靴を磨いてたんだよ。おかげでね、靴がピカピカになったよ」
Joeの強烈な嫌味はこの時しか聞いていない。少しは私自身反省して変わっていったのだろうか?
私はJoeと会う約束をしていながら、京都まで行って、他でもないRobertと会っていたのだ。
Joe「あの日ね、Marieを午前11時頃京都の市電で見かけた人がいるんだよ。しかもRobertと一緒だったって」
Marie「そ、そんな筈はないわ。ひ、人違いよ、クックックッ」
Joe「あっ、笑ってる。Marieはわかりやすいんだよ。ウソを言う時、必ずそうして笑うんだから」
Marie「クックックッ」(実はもう笑って誤魔化すしかない!!)
Joe「電話してきた時、今まだ自宅にいるって言ってたけど、お昼に百万遍にいて、一旦大阪の自宅に帰って、また夕方京都に来たのかい。今度は四条河原町だよ。MarieとRobertに会ったって人がいるんだよ」
Marie「だ、だ、誰なの?クックックックッ。その目の悪い人は,誰なの?クックックックッ」
////////////

Joe「Marie、この前Robertの家から二人して帰る時『今日は帰るわね』って言ってたでしょ。今日は、という他と識別する助詞を使って言うってことは、帰らない日があったって言う事だよ。Marieは少なくとも一回はRobertの所に泊まっている」
Marie「そ、そんな。考えすぎよ。今日は帰るわね、の中に省略があるのよ。今日はこのままJoeと一緒に、って言う意味よ。Joe、そんなくだらないことに頭を使ってはもったいないわよ。クックックックッ」

真夜中の喫茶店で

季節は今頃だった。上高田のGribouilleの家の2階の部屋に二人でいた。Kはまだ近くにアパートを借りて住んでいた頃だ。夜中の1時に電話が鳴った。Gが親しそうに話している。誰なんだろう。
G「じゃ荻窪で」と電話を切る。
B「今から出かけるの?地下鉄動いてる?」
G「Bruxellesもおいでよ。紹介しよう」
Gと一緒に真夜中の街に飛び出した。暗い道をどんどん歩く。歩くだけでなんだかウキウキする。
神社の中を通ったら、木に注連縄がぶら下がっていた。それを頭に巻きつける。
B「どお? New Fashion,似合う?」

角の喫茶店の2階にGよりも若い男子学生がいた。めがねをかけている。
B「こんばんわ。はじめまして」
学生はギョっとした表情をみせる。注連縄のせいか?
劇団を主宰して、ヨーロッパ公演を成功させてきた人だと言う。東北の実家のお父さんが倒れて、長男だから帰郷しなければならない。それで、劇団をどうしようか悩んでいる様子だった。私の出る幕ではない。ポカンと他の事を考える。学生は私のそんな様子が気になるようだ。
G「あぁ、この人のことは、気にしないで。いつもこうしてラリッてるから」
(ラリッてる、私が?Gribouilleにはそういう風に見えているのだろうか? 面白い!)
G「これね、ハチマキの代用らしい。ちょっと頭痛がするんだって」
B「頭痛だけじゃなくて、さっきの薬のせいで、手の震えが止まらない、ほらっ」
G「この人、大阪から来て、今(私の)家にいる。この人は薬が、なにしろ主食で、次々と飲んでいるから」
(そう言われてみるとそうだ。薬を主食にして生きているようなものかもしれない。Gribouilleって危険な人を泊めているのだ、でもそれって私?)
(こう紹介されると非常に楽だ。すき放題のことを口に出せる)
それにしても、こんな普通に見える学生が劇団を主宰しているのだろうか。
学生「みんなに、やめないでって言われている。つかさんが今やめたら、日本の演劇界が100年後退してしまうって」
(クックックッ。自信家なんだ、この人)
GribouilleのKOの後輩では、KKを先に紹介されている。KKとはすぐに気があったけれど、この人は私に違和感を感じすぎている。私からこの人を見たら普通過ぎて、KKほど面白くない。
この人に寺山や唐の才気は感じられない。でもこの人には実績がある。なにしろ学生劇団のヨーロッパ公演だもの...。悩みの内容も、しっかり大人だ。この人は人生を手前にしっかり引き寄せている。この人が私に違和感を感じるのは、私が人生を手放しているからかもしれない。

・・・・・・
1,2年くらい後だっただろうか、詩誌「詩と思想」が創刊されて、Gの紹介で私がJazz評を担当し始めた少し後、つかこうへいが同誌に演劇評を書き始めた。彼の名前は既にマスコミに登場し始めていて、あの悩める学生が、つかこうへいだと言うことも、その頃にはもうわかっていた。
Gと彼がどういう経緯であの日真夜中にわざわざ会ったのか、それは私には外側のことなので、一度も詮索したことはない。真夜中の密会?に同席させてくれ、私の同席を一生懸命弁解していたGに、夜道を歩く楽しさを教えてくれたGribouilleに、今でもただただ感謝している。

おもしろそう

定宿にしている神田のホテルを引き上げ、早朝からいそいそと上高田のGの家に向かった。
K「今日は、初めての、若草の会に二人で出かけるのよ。Bruxellesちゃんも一緒に来る?」とKが言う。
B「それ、何の会? そうなの、おもしろそう。でも三人で行ったら変では」
G「相手を探しに来ましたって言えばいい」
B「探してないんだけどね」

広い和室。長い机が2列あって人は4列に座っている。会長さんから少し会の説明があって、自己紹介が始まる。
男装の人は背広にネクタイ。宝塚的ではなく。生活人の匂いがする。しかし生活の重みや社会的偏見と闘っているというよりは、苦渋に浸かっているという感じがする。ここへ来る決心をするまで、大変な思いがあったのだろう。真剣に聞く。
私にも順番が来て、しどろもどろに何か言ったのだと思う。
全員の自己紹介が終わらないうちに、GとKから「出よう」という合図があった。
B「でも、来たばっかりよ」と反対したが、二人は私を引っ張って本当に退出してしまった。

B「せっかく来たのに。それに途中退出ってマナー違反でしょ」
K「Gが急に出ようって言ったの。それにBruxellesちゃん、あそこに本当に居たかった?」
B「確かに。でもここに来た以上歩み寄らなくっちゃ」
G「前の2,3人がBruxellesのことを、嫌な目つきで見ていたから・・・」

???Gったら、何を言っているんだろう。
Gは誰かに私を盗られるとでも、何か感じたのだろうか。

B「クックックックッ、G。Gってとんでもないことを考えるね。それに、もしそこに切実な思いがあるなら、目で見るくらいいいじゃない。そもそもそういう場なんだから」
G「Bruxellesはそうしてフワフワまるで空中を漂うように生きているけれど、他の人はそうじゃない。真剣になられて刃傷沙汰になって、Bruxellesが刺される可能性もある」
B「重い話ね」
G「Bruxellesには夢の宝塚しか見えていない。Bruxellesには、おもしろそう、と言う価値観しかない。東京に留まる決断さへ出来ない。まるで豆台風のように、毎年何回か突然やってきて、あたりを引っ掻き回して有形無形の惨状を残して帰るだけだ」
B「有形無形の幸せを振りまいてと言ってほしい・・のですけれども」
G「ハッハッハッ、それにBruxellesは、そうして独善的で、現実味に乏しく、存在が・・・」

Gribouilleに詰られるとしおらしく頭を垂れて黙っている。でも私はGribouilleの怒りがこうしてストレートに私に降り注ぐ時が一番の大喜びなのだ。ゾクゾクするほどの幸せなのだ。
ああ、屈折してしまっている。

次にGribouilleはこう言うのだ。
「Bruxelles泣いてるの?」

「泣いてなんかいるものか」とおもむろに顔を上げて、それから私はいつも幸福の絶頂のような大笑いをするのだった。

Gribouille & Joe

日仏のクリスマス・パーティーで急速に親しくなって、お正月休みのJoeの帰省には、二人一緒に隣り合わせに座って新幹線で上京した。

J「友達の家に行くのにお土産に、ウイスキーを買うの?」
B「6歳上だし、強烈な人なんだから、頭にガソリン入れなくちゃ、自分を維持できないのよ」
J「その人、女性?」
B「その人たち。今は二人で暮らしている」
J「結婚してるの?」
B「女性ふたり」
J「どういう関係なの?それにBruxellesとはどういう知り合いなの?」
B「文学の・・・。最近サド侯爵について何か書いていたから。今度見せるね。」
J「僕も、一緒に行っていい?」
B「う?ん。自分を大事にしたければ、来ないほうがいい。特に前途のある青年はね」
J「行くよ。Bruxellesが会いたい人って、どんな人なんだろう」

もう一人の女性Kは幸せな結婚をしていた。なのに家出してGribouilleの元に走ったのだ。モデルのように背が高く、顔は三浦布美子に似ている。(と言っても、知っている人は少ないかもしれない)
「おやすみなさい」と彼女たち二人が入っていった寝室にズカズカと一緒に入っていって「真ん中に寝かせろ!」とダダをこねたことがある。
何かを考えていた、というより、何も考えていなかったのだ。おもちゃにされて、放り出された。
隣の部屋はGribouilleの制作室だ。画材が散らばっている。ガランと広い。・・・
今度はお酒を飲んで早々と寝てしまおうと、自分なりの防衛策を考えていたのかもしれない。あるいは、Gribouilleの前で、酔って、自分の本心を自分で把握したいと思っていたのかもしれない。箍をはずしたら、自分がどんな行動をとるのか、と、箍がはずれっぱなしの私が、深刻に考えた結果かもしれない。

B「ここよ」
J「大きな家だね」
B「建設会社社長の家だもの」
J「Bruxelles,勝手に上がっていくの?」
B「いつもそうよ。Joe,帰るのだったら、今よ。せっかく日比谷、京大(Joeの受験の年は東大は受験中止)と順調に来たのだから」

Kは和服を着ていた。おせち料理もしっかり重箱に詰められていた。
私が紹介するまでもなく、Joeが礼儀正しく完璧な自己紹介をした。
Kの手料理の御節を食べて持参のウイスキーを飲んで、意味のないことをしゃべって、それでもGもKもJも気を使って要所要所で笑ってくれた。

翌朝4人は押し黙って一緒に家を出た。誰が撮ったのか、その場の写真が一枚残っている。完全なピンボケだけど前面にJ、後部にKの姿が見える。このときJのいった言葉がよみがえる。
J「Bruxelles、昨夜はご乱行でしたね」
B「えェッ?」
J「Bruxelles、僕ね、気が狂いそうだったよ」
B「・・・」
J「僕には理解しきれない場面が展開するんだもの」
B「・・・」「家に帰れって、何度も言ったでしょ」
J「Bruxellesのことが心配だったんだよ。酔って寝てしまうし。ほっとけないよ」
「ご乱行」と言った時のJの顔は今にも泣き出しそうだった。それはJoeの精一杯の抗議の声だった。
B「ごめんなさい」・・・
記憶をたどってみる。酔った私はKやJの前で、わめきながらGribouilleに飛びつこうとした。
G「亭主の所に行けぇー」
と、Gが叫んで私をJのところに力一杯突き飛ばす。Joeが飛んできた私をドスンと受け止める。振り解いて私はまたGのところに飛んでいく。Gがまた同じセリフを吐いて私をJのところに突き飛ばす。
まるでドッジボールのように空中を飛びながら、GとJに体当たりし、二人の間を往復していた私がいた。
その映像(醜態)は疲れ果てて眠り込むまで延々と続くのだった。

Mon Ami : Paul de Kotte Dikoume

前にParisに来たときに知り合った日本人のYOUに会いに行った。ヴァンセンヌの森の近くの25Avenue Fochのアパルトマンの屋根裏部屋に住んでいた。Parisのレストランで修行している。
一番上の階まではエレヴェーターで、そこから重い扉を押して螺旋階段を昇ってゆく。当然のことながらノックをしても返事がない。
すると隣の部屋のドアが開いて、留守だよ、メモでも入れておけば、という声が聞こえてきた。中を覗くと黒人の青年がいた。ドアはすぐに閉められた。筆記用具がない、どうしようと思っていると、またドアがあいて紙と鉛筆が差し出され、すぐに閉まった。「Merci」でも書く台がない、どうしよう。するとまた隣のドアが開いて百科事典のような重いぶ厚い本が出てきた。それを台にしてメモを書いた。それがカメルーン人PAULとの出会いだった。

事情があって私もその建物の屋根裏部屋に住むようになって、友達になった。
B「郵便配達夫がサインしろって言うんだけれど、サインしても大丈夫?」Paulに相談に行った。
P「サインしないと受け取れないよ。誰かが君にお金を送ってきたんだよ」
さっさとサインしなかったので郵便配達夫は頭から湯気を出して怒っていた。
私が盗難にあったことを誰かから聞いたTTが思いがけないことに日本からお金を送ってくれたのだった。
B「これどうすれば、お金になるの?」
P「郵便局で換金できるよ」

Paulは時々部屋に遊びに来るようになり、私も時々遊びに行った。大きな色彩鮮やかな一枚布をどのように身体に巻きつけて洋服にするか、教えてもらった。一枚の布、裁断したり縫ったりせず、そのまま服になる不思議。
一年前ロサンゼルスに行ってバスに乗ったとき隣席の黒人の体臭に窒息しそうになり、Paulに会うまでは、黒人に対していいイメージを持っていなかった。Paulは体臭もなかったし精神が柔軟で、知性も礼節もあった。
第8だか、第10だか忘れたが、Paulが通っている郊外にあるParis大学のキャンパスを案内してもらったこともあった。
B「Paulは国に帰ったらエリートね」
P「しっかり勉強して帰ったら仕事して妹や弟を養っていかなくちゃいけないんだ」

Paulはよく冗談をいい、いつも楽しそうに笑っていた。私はその頃テキストとしてCRONINの「Deux Soeurs」や仏訳されたEdmondo De Amicisの「Grand Coeur(Le Journal d'un ecolier)」を使っていた。「ちょっとここを読んで」と言って、音読の練習用にPaulにカセットテイプに朗読してもらったりした。
よく喧嘩もした。Paulはしゃべり過ぎてうるさい。しかも説教をする。スプーンやフォークの洗い方が不十分だとか、荷造りの紐のかけ方が正しくないとか、際限がない。私は自分の描いた水彩を壁に貼ろうとしているところで押しピンを2個手に持っていた。
「Arrete! C'est assez!それ以上言ったらこの押しピンでPaulの両目を突くわよ!」冗談とはいえ、そんな発想がよく出たものだと自分でも思う。大山倍達の空手武者修行にそんなシーンがあって、多分それがインプットされていたからだろう。Paulの顔色が変わった。
「オーコワ。びっくりしたあ」
両目をかばうように両手で顔を覆ってアハハと笑いながらも、スゴスゴと部屋を出て行った。(つづく)
///////////////

ADAMO 「En Casquette A Galons Dores」

フルーツバスケット

平田守純詩集「フルーツバスケット」が届いていた。発送者は平田美智子とある。もう何年前だろう、この二人の結婚披露パーティーに出席したような気がする。

平田さんは、短詩が自爆して、現代詩に飛び散った本当に古い古い仲間の一人だ。「そのほかの日々」2004年7月30日「隠れサフォーの店」に登場している。そこに書いているように、私は平田さんと万博に行っている。その帰りに、薫さんの店に案内してもらった。彼は背が高く、古風な感じの文学青年で、結婚式のときも誰かが”机龍之介”や”由比正雪”になぞらえていた。神戸のヴァイキングの君本昌久氏に私を紹介したのも彼だ。

「そのほかの日々(2)」2005年7月8日「革新川柳」に書いた川柳人石田柊馬の句集はあたかも短詩集のようだったが、平田さんの今回の第2詩集からは、短詩臭は払拭されている。
彼が編集発行した「短詩峡」や「類」を探し出してみる。「短詩峡」2号の裏表紙には「詩集紹介」として「2N世代」が取り上げられていた。「類」の裏表紙にはBruxellesの作品「MのLO」?逃げるブラジャーが掲載されている。これは大阪ミナミの「街」で詩の朗読会をしていた頃の連作の一部だ。この頃はまだ短詩に未練があり、一行の文がどれだけの修飾節を支えきれるかという実験をしていた。
最後の著者紹介のペイジを見ると、2003年4月23日没とある。残された詩作品を神戸の友人たちが集まって年月をかけて編集し誕生させたばかりのもののようだ。発行は2006年2月10日となっていた。

「類」2号で特集している藤本俊英と平田さんと私の3人で、三宮の駅で夜ポツンと電車を待っていた。するといきなり藤本俊英が私を激しく抱きしめてキスをしてきた。私が状況を飲み込めずに呆然としていると、後ろを向いていた筈の平田さんが「僕もやらないとソンだ」と口走って、突然同じことをした。気まずい空気が流れた。藤本俊英を突き飛ばさなかった私に非があるので、腹も立たなかった、むしろ平田さんのセリフに笑いそうになった。彼は善良な青年なるがゆえに、本当は私を守ろうと、止めに入ろうとしたけれど、もうひとつの野生が突然に目覚めて、自分でも思いも及ばないセリフを吐かせたのだと思う。

数ヶ月後、短詩の旧友の石原明が東京から私に会いに来た時、私は神戸の平田さんを石原明に紹介している。それくらいだから、あの”事件”は、わだかまりになるどころか、平田さんの人間性の良さをむしろ私に印象付けたのだろう。

今は亡き平田守純詩集を手にしながら、いろんなことを思い出している。友よ、どうぞ安らかに。
/////////////////////

HELENE SEGARA 「Humaine」

サンタルチア

まず「ルチア祭」に関する関連サイトを紹介します。こちら


観光春秋」という関西の私鉄が共同で出している小雑誌があった。そこで「女性の一人旅」という座談会に出たことがある。その関係で制作出版部のMさんと知り合いになった。Mさんに主にスウェーデンで活躍している柚木伸一という画伯を紹介された。ある日突然TELがかかってきた。「スウェーデン領事館であるクリスマスpartyに連れて行ってあげよう」ということだった。柚木さんとMさんに一度秋田の「きりたんぽ」をご馳走になったことがある。それだけだから、柚木さんと二人きりでクリスマスパーティに出席するなんて想像だにしなかった。三宮からタクシーに乗った。

何故こんな昔の話を覚えているかというと、そのクリスマス(ルチア祭という)partyのクライマックスで、スウェーデンの子供たちが声を揃えて「聖しこの夜」ならぬ「サンタルチア」を合唱したからだ。何故「サンタルチア」なのか。これはイタリア民謡ではなかったかしらん?高校の音楽の時間に歌ったことがある。

空に白き 月の光


でもよく考えると、サンタルチア、つまり聖ルチアをルチア祭で歌っても何もおかしくない。さすがに完全に異国だった。美人の小学生以下の少女たちが、ろうそくを手にしずしずと行進してくる。北欧系の美少女達は桁違いに神秘的だ。完全に世俗を超越している。・・

昨日「ルチア祭」を検索してみた。領事館ではなく、本国で本物のルチア祭を体験している日本人のサイトがすでに複数あった。
説明及び画像はそちらに委ねよう。

////////////////

Veronique SANSONComme je l'imagine
Veronique Sansonを知ったのはBruxellesの街。すぐに大好きになった。お世話になったBehets Roseへのお礼に、このレコードを買ってプレゼントした。RoseはVeroniqueの歌声にイメージがピタリと一致する。帰国して、自分用にも一枚買った。

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