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間違いを間違いのまま、正しいと押し通す...(4)

あの市会議員のことを思い出すと、数ヶ月に渡る辛い日々を追体験する羽目になり、打ちのめされた。いつも複数で芝居を打つのだ。こちらは常にひとり。それで今回は友人に頼んで付き添ってもらうことにした。ところが直前になって彼女の親族のお葬式が入ってキャンセル。運勢を見て6日遅らせることにした。そのあいだに証拠探しだ。住民票にしろ運転免許書にしろ、母の土地の売買契約書、それに家の登記簿、探せば父の大学の成績表も、なんでもある。とにかく全員が何度も謄本を取り今のその字で生きてきたのだから。祖母が亡くなって数年経ってから祖母名義の土地が見つかって祖母の古い戸籍謄本をさかのぼってとったことがあるのを思い出した。その時も全く何の問題もなっかった。それをさがす。出てきた。ただところどころ、字の角がはみ出ているものがある。父の字は明らかに離れているが、祖父の字が、日の片方が少し長くなって月のように見える。勢いよく書けば眞という字だって目が下の一にかぶさることがある。日の左側の縦の線が長くなって伸びているものや、右側の線が伸びているもの、目のように見えるものもある。もちろん正しいものもある。これでいけると思った。ただあまり理路整然と話すと嫌われる、ということを経験から知っている。「アホですから教えてください」と言わなければ、きむさんのように敵対心をむき出しにしてくる。そうなったら注意してね、と友達に頼んだら、私も役人には嫌われるタイプだから無理、と言われた。その一週間前に家庭裁判所に行こうと思って電話して要件を言った。すると「こちらに来る必要はない。まず、区役所に言ってください」と言われた。で、総合的に情報を集めた結果、担当次第、運次第、という結論に達したのだ。つまり証拠などたくさん持って行っても意味がない、ということだ。
区役所では祈りが通じたのか、感じのいいMさんにあたった。要件を言って、土地の古い登記簿を見せた。パラパラと見て「法務局の書類ですね」といってすぐに返却された。やっぱり証拠など持ってきてもたいして意味はないのだ。私は自分で謄本を順番にさかのぼって何枚か取らなければならないと思っていたが、「調べますのでお待ちください」と言うことになった。待っているだけだ。きむさんは「謄本を一部取るのに750円かかる」といったが、要件さえ言えばあとは役所で勝手に調べるのだ。ソファーに座って友達と話をしたが、気が気ではない。長い時間がかかっている。Mさんが、内部協議をしているのだろう。
こちらへどうぞ、と4人用の机に案内された。和兵衛さんの戸籍を見せて「字が違う」というのだ。父が戸主であるものも字が違うという。そこで古い謄本を持ち出し、父の字が完全に正しくかけているものを示した。混在は認めた。しかし。であまり喋らずに話を聞くことにした。そして示された、古い謄本をちらとみた。曾祖母の「ゆう」は石原萬助の娘なのか。祖母は、廣島長兵衛の六女なのか。祖母は両親や兄弟が早くなくなったので姉に育てられた。その姉は女だけれど戸籍を持つ戸主で名前を「イチ」という、こともわかった。和兵衛さんの戸籍に日露戦争でなくなった祖父の弟の名前が無い。戦争で焼けて後で手書きで適当に書いたものではないかと、一言だけ言った。日露戦争は今から100年以上前だから、戸籍が残っていないのだと言われた。なんだかおかしい。死んでも父の戸籍の中で✖で除籍されるだけではないのですか?「違う」という。和三郎の戸籍になくても和兵衛の戸籍にはあるはずだ、お国のために日露戦争で死んだのだし、これじゃ生きた人の影も形もない。などと話していると、M氏が本を取り出した。私の戸籍だけなら書き換え可能だという。本を見る。ペイジを見る。正字として、本来の私の姓が書かれている。読みかたも正しく書かれている。驚いたのは「戸籍に書かれている文字」として、その気色悪い字が書かれている。つまりこの字は正しいのはこっちで、戸籍には間違ってこう書かれていますよ、と気色悪い方の字が書かれているのだ!!!「へェー、役所にこんな本があるんですかぁー」「この本は市販もされています」ヘェー。友達の名前には駒が入る。駒を見ると「戸籍に書かれている文字」として口が点になっているものや、ムになっているものなどがある。馬の字は戸籍に書かれているものとして四つの点が、漢字の一になっていたりする。初めから、何をどう間違えていたかが、わかっていたのだ。今までの人生で、誰一人全く一度も戸籍が問題にならなかったのは、どちらが正しいか、本籍地の方で正誤の判断が既になされていたからだ。その後である。私の戸籍はもはや私一人しかいないので、申請すれば書き換える。しかしさかのぼって曽祖父や祖父の戸籍までは書き換えられないという、何故なら、申請する人がなくなっているからだ、そうだ。そんなー、馬鹿な。本来戸籍は戸主とその配偶者によってしか書き換えられない。私の場合は、生き残っているのが私一人なので、書き換え可能。しかしすでになくなっている先祖のものを私が(正しく)書き換えることは、できない、という。
まずは私の戸籍を正しくしよう。但し、ここからが役所なのだ。私は真正の回復手続きをするのではなくて、名前の変更を申請することしかできない、という。私は生まれた時からこの名前で生きてきて、変更するわけではない。「しかし、変更しかできない。そうしないと、免許書や住民票も、戸籍に合わせて全部書き換えなければなりませんよ、現本主義ですから」と。
申請書を出してくださいというと「はい」ここと、ここと、ここに、お名前を書いてください。印鑑はこちらに。ここはどちらの名前ですか?気色悪い方の名前を書けという。こちらは?そこは住民票の名前を。住民票の名前は私の本来の名前ですよ。「あ、それじゃ、先ほどと同じものを」「こんな字は、生まれてこの方一度も書いたことのない名前ですよ。それを2回も書くのですか?」「いやここにもう一回」「えぇー、3回も、こんな気色悪い偽字を、私が書くのですか。吐き気がするー。」「申し訳ないですが書いていただかないと、そう書いていただかないと変更できないのです」いつか生きて社会にもどれる可能性があるよ、と言われ、死ぬよりマシだと、自白書にサインする冤罪者の気持ちがよくわかる。可能性を残すとしたら、それしか道がない。それを拒めば、全ての書類の名前を全部気色悪い字に書き換えなければならないという!あーあ。
「申請理由」のところはどう書くのですか?「それはこちらで書きますので」「空欄のままで?」「はい」・・・

M氏があの本を出してくれなかったら、最悪の事態になっていただろう。あの本のおかげで、少なくともどちらが正しい本来の字であるかは、証明されたのだ。帰りに友達に言った。「あの本があってよかった。あの本、しかし誰が書いたのか。そして戸籍の字が間違いとはっきりわかっているのに、何故先祖の名前の真正の回復を子孫ができないのだろうか?」戸籍の名前はみんないつか消えるのです。私の先祖も、すでに戸籍から消えているものもいます。M氏はそう言った。けれど、曽祖父の戸籍に祖父の弟の名前、だけで無く、存在そのものが消えてなくなっていた、納得ができない。先祖の名前も正しくしなければならない。戸籍法でだめなら、何かほかの方法で。お墓がある。古いお寺に行けば古い古い過去帳もある。そこに正しく記されている。それともあるいはひょっとしたら、死んでからまで馬鹿馬鹿しい役所の誤字にこだわる必要はないのかもしれない。まして生きていた時に、書かれも呼ばれもしなかった誤字の書かれた戸籍などに、人生の実態など全く何もないのだから。今回学んだこと。戸籍とはなんといい加減なものなのだろう、ということ。ただ気色悪いのだけは許せない。

・・・・・(追記:2013年8月18日)・・・・・
間違いを間違いのまま、正しいと押し通すの4回分に関して。
今回の不愉快な出来事は、最終的に、改竄ではなくて、明治の役人の無教養、文字知らずの書き間違いだということが、わかった。どのように戸籍に誤記されているかまで、役所が突き止めていることまでわかった。しかも「間違いを間違いのまま、訂正しない」こともわかった。また続きを書く事もあるだろう。ただ役人の中に、日本人でないものが増えると、戸籍のいい加減さはますます手がつけられなくなるだろう。また夫婦の合意があれば本籍も名前も自由に変えられるようでもある。これでは家系の伝統の継承なるものももはや意味がなくなる。日本国はかつての五族協和を日本国内で実現させようと何かにつけて「共生社会」を目指しているようだ。出自を問うことは「共生社会」の妨げになると言わんばかりに、就職においても結婚においても良くないことだと敵視されている。自分の名前に対する意識もこれからはうんと変わっていくだろう。そう言えば歴史を調べてい思うのだが、白人は住む場所住む国を変えると、名前まで平気で変える。呼ばれやすいために変えるのか、素性を隠すために変えるのか、よくわからないが、もともとはこういう名前だがこう変えた、という記述は頻繁に見る。いずれ日本もそうなるのだろうか?真っ先に思い出すのはCharles Andrew Willoughby(Adolph Karl Weidenbach)、Jack Ruby(Jacob Leon Rubenstein)。ユダヤ系ハンガリー人、ナジボーチャイ・シャールケジ・パールの(移民2世の)息子はサルコジというフランス大統領になった。その妻は亡命イタリア人である。
話がそれてしまった。1ヶ月以内にこれら4回分は、Tel Quel Japonから別のBlog、個人的な日記Blogに移動しようと思っている。

・・・・・追記:2013年8月25日・・・・・
念の為に昨日全部事項証明、戸籍謄本をとって来た。戸籍事項のところに戸籍改製、改製日平成21年12月12日とある。改正ではなくて改製である。改製事由=平成6年法務省令第51号附則第2条第1項による改製とある。具体的にはわからないが勝手に法律を作って勝手に改製していたわけだ。同じところに文字更正とあり、そこには(従前の記録)として、前の気色悪い字が書かれてあるではないか。書き換えの記録は当然残すべきだろうが、役所の書記ミスの文字を延々書かれるのもうんざりする。まあ文字変更ではなく、文字更正とあるので、ほんの少しは気分がおさまるが。
ただ改製法で、例えば茅ヶ崎や、城ヶ島などのカタカナは、大きな字になって茅ケ崎、城ケ島と、戸籍には記載されることになったらしい。これは日本語の表記としても全くおかしい。カタカナ、ひらがな、には大きな字と小さな字がある、意味もなく小さな字まで大きな字に、戸籍上勝手に書き換える必要は全くない。越権行為である。一番驚いたのは、戸籍謄本にもかかわらず、母の記載が一切ない。戸主の名前と本人の名前だけなら、戸籍抄本と全く同じだ。除籍として父の存在は見えるが、母は戸籍謄本にさえ、その存在そのものがない。父が除籍として記載されているなら母も除籍として記載されてしかるべきである。しかも父の除籍にも、例えば死亡とかなんとかの理由がない。私の名前のところに父母として両方の名前が正しく記載されているので、それでいいということなのだろうか?
祖母は、何百年も続いた家なので過去帳を見れば、全部記録がたどれると生前に言っていた。母が18年前に亡くなった時、ふとそれを思い出し、今のお墓の前のお墓、今のお寺の前の前のお寺(谷町にあった)を訪ねてみたことがある。そのお寺には確かにお墓があった。名前を言うと住職がすぐに過去帳を見せてくれた。生まれて初めて来たお寺、生まれて初めて見る過去帳に胸がときめいた。確かに延々と記録が残っていて、もう途中で見るのもやめた。過去帳には先祖たちの名前、生まれた日死んだ日、結婚の相手の名前、などがそれこそ延々と書かれているが、ひととなりが全くわからないのだ。どこに住んで、どんな仕事をし、どんな人生を送ったか、つまりどんな人だったかが全くわからなくて、がっかりしたことがある。そもそも名前を知っているのは祖父、曽祖父、その一代前までくらいで、過去帳から立ち上がってくる想いが全くなかったのを覚えている。
話を戸籍改製に戻す。いったい今までなんの目的で何度改製がなされたのかよくわからないが、この傾向としてやはり日本人固有のアイデンティティーを、家族の絆を、なんだかなくす方向に動いているような気がする。父を戸主とする戸籍謄本なのに、母も兄もいない、昔いたはずの祖母もいない、消えてなくなっている。たとえば長男が別戸籍の戸主となるなら、跡取りという概念も同時に消える。親が死んでも遺品整理業者に任せて、顔も見せない息子や娘たちはこれからも増えるだろう。親子、兄弟、祖父母、叔父叔母、従兄弟、そのへんの関係も、これでは子孫がさかのぼってたどれなくなる。戸籍改製の目的はズバリ言うと、素性の追求を困難にすること、ではないかと思う。謄本を取る際には目的を聞かれるし、直系でない限り請求・閲覧すら困難になりつつある。ひとの素性の追求はやめなさい、ということだろう。そういうコンセプトだからこそ、記載間違いを把握しているにも関わらず、今回のようにこちらが独自に気づいて、自主的に手続きを踏まない限り、全く気にも止めないで平然と放置しておれるのだ。正しい記録を正しく残し、素性を明確に記録する為に戸籍があるのではない。戸籍売買や、偽装結婚の話をご存知だろうか?戸籍法改製者や役所の戸籍係など、むしろそちらを促進するために業務に勤しんでいるのではないかと思えるくらいだ。用がなくても一度戸籍謄本をご覧あれ。当然あるべき重要事項が欠落していたり、ひょっとしたら知らぬ誰かがあなたの戸籍に入っているなどという、真夏の怪談に出くわすかもしれませんよ?

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間違いを間違いのまま、正しいと押し通す...(3)

先のペイジに市役所まで歩いて10分、と書いているが、警察までは歩いて7分。改竄を疑わなかった私は、帰る途中警察に立ち寄った。よろず相談係があるのだ。
「この話を一応記録に取っておいてください。警察とは関係ないのですが、戸籍を改竄して、偽造パスポートでも作られる可能性もありますから」
頭の中には蜂谷真由美が日本人の名を名乗り、日本のパスポートを持ち、日本人になりすましていた事件が思い起こされていた。警察官は笑い出す。
「そんな心配はありません。この名前なら、すぐに調査ができますから。使うならもっとありふれた名前を改竄するでしょう」?
私は登記の話を持ち出し、だから心配なのだといった。「警察ではご希望通り相談記録を書いて残しますが、どうすればいいかはわかりません」と言われた。それで充分、別に不満はない。

祖母と父を知る人で、現在もコンタクトをとっているのは、年賀状をやりとりしている、S氏ただひとり。帰ってすぐにS氏に手紙を書いて「当時のうちの家の表札はどんな字でしたか」と聞いた。2日たっても返事が来なかったので、電話することにした。「おっしゃる通りと記憶します。念の為に姉にも聞いてみます」
それから2日後返事が来た。僕も姉もあなたのおっしゃる通りだと、記憶していました。姉は7歳年上で現在93歳、いまだ頭脳明晰です、とあった。するとS氏は86歳。お元気でよかった。S氏は親戚ではなく、当時隣同士だったというそれだけの間柄だ。本当に身内がいないので、若き日の父の話を聞こうと思って、20年弱前に私からコンタクトをとったのだった。警察の鑑識課におられ定年後も鑑識のお仕事をされていた。仕事の上司のお葬式に行ってその場で偶然再開した。再開したというより事実上はあの時初めてお会いしたといってもいい。
「ピストル遊びをしていて、隣の子に向けて引き金を引くと、実弾が飛び出して、命が縮んだことがある、と父が申していましたが、本当でしょうか?」その話の確認をとりたくて、コンタクトをとったのが最初だった。ー
S氏の手紙には自分の知人もそういう目にあった、話が記されていた。どう解決したかはわからない。(今日追記のお手紙を頂いた。解決せずそのままらしい。木偏に外などの字はない。その方の本籍はありえない偽字のままということになる)その人の名は木偏に舛と書くのが正しい。ところが戸籍を見ると木偏に外が書いてあったという。これをきっかけにいろんな間違いがあることに気づいた。たとえば簡単なところでは上が土と書かれていたとか。それなら臼と白、自と目、血と皿、弐と式、束が東、土偏が手偏に、まして明治大正昭和は手書きなのだから、いくらでもあり得る。謄本を必要とする機会はそれほどなく、提出するために受け取るだけで本人が謄本をまじまじと見ることもない。
こういう経過を経て、今では改竄説は捨てた。書き写し間違いだ。冷静に考えようと思う。どういう方法を取れば、一番スムーズに真正の姓名の回復ができるか。滅びゆく一族の最後のたったひとりの締め役として、私に課せられた重い義務だと、今では思っている。(2013年年7月28日記)

・・・・・追記2013年8月5日・・・・・
冷静に慎重にと言い聞かせ、じっくりと時間をおいた。そのあいだにいろいろ聴きかつ調べ、いろんな対応を想定してシミュレーションをしてみた。出た結論は、担当の性格次第。つまり、ある意味博打である。だから「今日の運勢」にもこだわった。権力を傘にきて、人が苦しむのを喜びにしているような役人の対応は、充分経験済みだ。(例の登記と法務局の件だけでなく、10数年前市役所のNagao氏にその対応で死ぬほどいじめ抜かれたことがある。)私が区役所に行くことは、おそらく市役所のきむさんから連絡がいっているだろう。きむさんは「いやなら裁判をしろ」といったが、どこの裁判所で誰を相手に裁判するのか、なにも言わなかった。調べてみると、どうやら家庭裁判所だ。行動に移すと決心がついた日から、眠れなくなった。役所は市民にサービスを提供する筈のところだが、お上、という言葉が今も生きているように、トラブルが発生したとき、対等の立場で相談に行けるような場所ではない。サービスを直接売っていないからだ。S氏の手紙にも「間違いをすんなり認めるところではない」と書いてあったし、友達が寄せてくれた様々な情報からも、困難が予想された。司法書士に相談しようかとも思ったが、かえって複雑になる可能性もあり、第一、当人でないので客観的な仕事の範囲にとどまり、どうしてもという「心や熱意」は入らないだろう。「ダメでした」を平気でいう可能性がある。そこで終わってしまう。弁護士相談20分無料、というのも友人に勧められたが、その対応に腸が煮えくり返る思いをしたことがある。体験からの結論を一般化して言うとせいぜいよく言って「無料サンプルお試しセット」つまり、依頼人獲得のための営業窓口でしかない。10数年前に30分5千円という弁護士会の法律相談にも行ったが、解決を決定的に困難にするようなふざけた提案をしてきた。同じような体験をされた方はたくさんいらっしゃるだろう。(話が少しそれるが、昔「西川布団縫い針混入事件」というのがあった。当時私の知っていた弁護士の一人がこう言ったのを覚えている。「僕が以前弁護士会の相談の担当が回ってきたとき、犯人になったあのひと、あの件で相談に来た。あの時僕がもっと真剣に聞いてやれば、ひょっとしてあの犯行は食い止められたかもしれない、と。弁護士にしてみれば、そんなものは当番制の奉仕活動のようなものなのだろう。)市会議員も考えた。今までにもトラブルに巻き込まれて市会議員に相談したが経験がある。一番最近の一件の時は、どうも対応する市会議員の態度や発言が「おかしい」と初めから気づいたが、こちらはお願いする立場だから「とことん信じきる以外にない」と決心して、反論もせず、疑問も口にしなかった。しかし対応がおかしい点が目立ってきた「何なんだ、この市会議員は」と思うことがあまりにも多くなった。5ヶ月経ってその市会議員の任期が切れた時に、不満を口にして、依頼をはっきりと撤回した。その3ヶ月くらい後だったか、私が敵対している相手が、うっかりと口をすべらせたのだ。あの市会議員はもともと自分側の味方だったと。「でも、そんな市会議員をみつけてきたのは、そっちなのだから、責任はそっちにある、誰も騙したわけじゃない」と。薄々感じていたこととは言え、崖から突き落とされる思いだった。これは特別な場合だろうが、市会議員に関してほかの経験も踏まえて言うと、市会議員は最終的に票を読む。圧倒的に票の差が大きいと、途中からでも多い方に靡く。一票では党の熱心な支持者にならない限り、なんらかの希望的行動が一動作でも起こされることはない。

(つづく)

間違いを間違いのまま、正しいと押し通す...(2)

長くなりすぎたので前記事の後半を以下別ペイジに移動しました。

・・・・・追記:2013年7月24日・・・・・
役所を相手に喧嘩しても絶対勝てないことは身にしみて知っている。今回も勝ち目がない。ほかのことに頭が働かなくなる。そして昨夜寝ようとしたが、なかなか寝付けない。一時間二時間、何を考えているというわけではないが眠れない。お墓に行ってわかったことが一つある。この間違いはたての棒が二本、少し突き出ている、それだけの違いだということだ。それだけで別の字になってしまっていた。明らかに役所のミスである。役所も家族も100年以上違いに全く気づかなかったのは、多分、「あ、そうですね」と言ってその場で役人がはみ出ている線を短くきり書類を発行したのだろう。一つわかったことは、多分改ざんではない、単なるミスだということ。そしていつかはわからないが戸籍改正法が施行された時に、間違いが定着したのだろう。冷静になる期間を置いて良かったと思っている。
それより昨日不安になってお墓に行ったこと、自分を恥じている。ひょっとしたらと、自分の先祖を疑ったからだ。例えば手書きの場合、日だろうと月だろうといい加減に書かれれば区別がつかない。古い毛筆ならばなおさらだ。ただ役所はコンピュータ化した気色悪い字の方を、正しいというスタイルを絶対に崩さない。それをたったひとりで、どう納得させるかだ。この戸籍に生存しているのは私一人である。父も一人っ子、祖父も一人っ子(日露戦争で弟が若死にした)つまり私にはおじさんもおばさんもいとこもいない。なんという家系だ。「兄がいる」と言ったのだが、独立して別戸籍だから、どんな字であろうと、それが正しいという証拠にはならないという。兄に電話したら兄の方の戸籍には気色悪い字は一切登場しない。これが証拠だ、と言いたいのだが別戸籍だから「役に立たないらしい」。
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昨日「実は思い出したことがあるのだ。だから今回は絶対役所のいいなりにはなりたくないと思っている。」と書いた。私がかっかきたのはその経験があるからだ。
バブルの時にお隣が家を売ろうとした。そこで、その家の地番と我が家の地番が入れ替わっていることが発覚した。連日のごとくお隣が「うちも書き換えるのでそちらも書き換えろ」と言ってきた。書き換えには20万30万とかかる。年金生活者の母は「書き換えは同意するが、費用は売買の代金でまかなって欲しい」といったのだが、金を出せの一点張りである。寝耳に水で20万30万、「はいはい」と出せるわけがない。我が家に許可をお願いして売買利益獲得者が支払うのが当たり前だろう。しかし母に隣の男が毎夜長時間詰め寄ってくる。それで、母の相談を受けて法務局に出かけた。登記簿の元帳を調べると、記載は何も間違ってはいない。明らかに書き写すときに役所の人間が番号を間違えたのだ。元帳を見せて、写し間違いを指摘して、訂正を要求した。常識で考えれば、それで済む話なのだ。ところが法務局はガンとして「登記のやり直しを要求した」。何度も行ったのだが、「過去のものより、新しい現行のものしか、正しいとは認めない」と言い張る。そうこうしているうちに母が回転性めまいで倒れた。病気になったことのない母が、入院した。すぐに診断がつかず原因不明と言われ、不安な日々を過ごした。友達に電話をかけまくり「突発性難聴ではないか」というヒントをもらった。医者に言いに行くと「あぁ、そうですね」と羞恥心もなく納得する。手当が遅れたので、その後母はあちこち循環器障害を起こすようになった。退院してから母は、自分と同じ郷里の瓦屋で不動産を買いあさっている男を見つけてきた。その男は、登記の費用も喜んで払うといった。隣の男はさらにプラス500万ほどふっかけて、家を売って出て行った。そんな話はどうでもいいのだが、結局バブルがはじけて、母と同郷の瓦屋は大損をした。そして母は「瓦屋さんに大損をさせて申し訳ない」と悔やんでも悔やみきれずに、体調を崩してそのあと、入退院を繰り返し、脳梗塞で死んでしまった。
法務局が間違いを素直に認めれば簡単に済む話だった。役所というところは間違いを決して認めず、尻拭いを民間にさせる、しわ寄せしその皺を押し付ける、私は体験からそれを知っている。「怒りで頭蓋骨が吹き飛びそうだ」と23日に記述しているが、その経験があるからだ。書類を揃えて理路整然と説明しても、役所相手では埒があかない。最後に法務局の役人が私にこういった。「こういうケイスはよくあるんですよ。マンションなどの場合、登記は右から、部屋番号は左から、とかね」
今私はあの時の母と同じような立場に立っていると思う。そして(母には私がいたが)私には私がいない。

・・・・・同日追記・・・・・
さっき長い間弁護士事務所で仕事をしていた友人のKから電話があった。私は昨日のことを話したのだが、自分でも思わぬ方向のことを口にしていた。帰る電車の中でふと思ったのだ。長い間正しい名前でずっと生きてきたのに、市役所のきむさんに「あなたは生まれた時から、それとは違う名前ですよ」と言われただけで、不安になりお墓の文字を確認に来た自分を思い出して、ふと冤罪のことを考えたのだ。よってたかって何時間も「あなたの名前はそれじゃない。実はこれが正しいのですよ」などと言われたら、ふと自分の信念に疑念が生ずる。おまけにいい加減な目撃者とか、「こんな色の服を着ていた」とか、手に包丁を持ってどこそこにたっていたとか、全く覚えのないことを、多くの人に遮断された状況で確信的にいわれたら、誰でもふっと「ひょっとしたら、そうかもしれない」と思うのかもしれない。冤罪とはそういうふうに生まれる、なんだかそれがわかるような気がした。それを言うと、その友人のKも「そうだ。冤罪とはそういうものだ」と言った。また私もよく知っているがそこの弁護士事務所はたくさんの冤罪を扱った。法的に見ると、戦後社会は冤罪の山だったとも言えないことはない。私はその弁護士事務所と同じ階にある貿易会社で働いていたのだが、そのころたくさんの有名な事件を扱っていたのでよく知っている。そこの弁護士はB・C級裁判の弁護も担当した人で、パール判事とも懇意で、インドに同行したという話も後で聞いた。日弁連とはもともと左翼系で、事件もそのようなものを扱っているようだったが、その昔は日本でも冤罪などを考えると、人権弁護士が正義だった時代も確かにあったような気もする。それと同時に犯罪に政治が絡んで、明らかな犯人が冤罪になり社会問題化して無罪になる事件も見てきた。その弁護士が晩年に引き受けたK事件などがそうだ。「今度ばかりは、ここの先生間違っているね」とよくKと喧嘩した。Bruxellesちゃんだけでなく実は○○先生からも電話があって「晩節を汚すことになるから、今度ばかりは手を引いたほうがいい」と意見があった、とKがポロリと言った。「それで、ここの先生はどう答えたの?」と聞いたら「信念を持って引き受けている。外部から余計なことは言うな」と立腹されたらしい。失礼だが、老いて焼きが回るとはこのことだと思った。私はそのK事件の調書をこっそり黙って全部読んだ。その上でそう思うのだが、引き受けた弁護士は、信念だけで、調書など1ペイジも読んでいない。弁護士は時間がなくて調書など読まない、また調書自体をそのまま信じるのは素人だという考え方もあるようだ。今から思えばそこが取り扱った有名事件で最も新聞を賑わせたのは「金大中事件」かもしれない。私は多分海外旅行などしていて、帰ってから聞いたが、はっきり言ってまだ若かったし、なにがどうなっているか全くわからなかった。日本に来ていて、エレベーターの中で誘拐されて韓国に連れ戻された?その程度の理解である。若い時は興味が拡散して、他国の政治にまで干渉する気にもなれない、なれなかった、それが正直なところだ。そしてあの事件は未だによくわからない。冤罪のはなしから大きくそれてしまったが、今日Kと電話で話したことは「冤罪はありうる、誰の身にも降りかかる」そして人の気持ちとは、状況によってはいくらでも誘導されるものだと、そう考えると人の信念とか、確信とか、本来とても脆いものだと、今日はそう結論を出さざるを得ない。

間違いを間違いのまま、正しいと押し通す...(1)

・・・・・以下は2013年7月18日入稿・・・・・
今月から歩いて10分の市役所でパスポートが取れることになったので、予定はないが取ることにした。私の本籍は大阪市東区、しかしいつの間にか東区と南区は合併して中央区となっていた。戸籍抄本を求めて中央区に電話すると最近は郵送希望の場合は大阪市役所の郵便事務処理センターが一括して請け負っているので、そちらに請求くださいとのことだった。申請書に記入しながら気づいたのだが、送られてきた戸籍抄本が、改竄されているではないか?いや、改竄というよりも、センターで一括処理のために入力する時に、打ち間違えたのではないか、そう思った。苗字の漢字が違っているのだ。こんな漢字は見たことがない。パソコンにもない。大阪市役所にいる公務員の中国人の仕業か?そう言えば以前郵便局の簡易保険、死亡受取人の名前を変えた時に、局員がボールペンで2本の線を引き、横に手書きで名前を書き換えた。それが、字になっていなかった。「こんな字はない」こう書くのですよと、別の紙に書いてみせた。その局員は、見ながらでさえ、漢字をうまく書けない。有り得ない字を書く。そんな字じゃなくてこうですよ、とまた別の紙に書いて見せた。それでも読めるような字が書けない。字が書けないのなら、郵便配達にでも回ればいい。何故簡易保険の係をしているのだろうか。もう保険証書が汚くなってしまった。ありえない字の手書きでは、いざという時の保険金もおりないだろう。簡易保険の元締めの京都のセンターに手紙を書いて、新しく正しく印字したものに取り替えてもらった。どう考えても日本人ではないな、と思った。その人は決して感じの悪い人ではなかったが、そんなに頭も悪くはなさそうなのに、全く漢字が書けないのだった。たまたまそう言う人に当たったとは思えなかった。日本で義務教育を受けていない非日本人が、すでに沢山日本に来て官庁で仕事についているのだろう。
書類を整えて近所の市役所に申請に行った。そして戸籍抄本の苗字が書き換えられていることを告げた。運転免許書も持っていったし、市役所なのだから住民票もあるのだし、過去の提出物を調べれば、戸籍抄本の間違いはすぐにわかると思ったのだが、そうはいかなかった。パスポートの申請も初めてではないのだし、入学や就職やライセンス獲得の際にも、何度も提出しているのだから、ここに来て初めて戸籍抄本の間違いに気づくことなどありえない。私一人ではない、昔は家族もいたのだし、全員が何十年も間違った戸籍名で、就学したり就職したりパスポートを取得したり出来るはずがない。常識で考えればわかるだろう。ところが常識が通じない。この字は東洋大漢字辞典に記載がある、というのだ。「じゃあどうすればいいのですか?」と問えば、もう一度申請しろという。「何度しても同じでしょう、一度中央区の区役所で確かめて見てください」、と言ったのだが、上司と相談してみます、ということで1時間以上待たされた。本来はこの字で、抄本の字は電子辞典にも出てこないものだと言ったのだが「戸籍係が区役所に問い合わせると、生まれた時からこの字だったのですよ」と言う。「うちのお墓もこんな字ではありませんよ」といっても、市役所はなにより戸籍抄本を中心に考えるので、免許書やら住民票やら、ライセンスやら、お墓の名前なども含めて、戸籍抄本に合わせなさい、というではないか。「人の戸籍を改竄しておいて、それに合わせろって。それ犯罪になりませんか。今から私に、苗字を変えろというのですか。私が生きてきた今までの人生は、どうなるんですか」といっても全く応答なし。「名前を変えないのなら裁判でもして、使いたい名前を獲得しなければなりません」という。「改竄するにしても中国人しか、こんな字を思いつかないでしょうね。大阪市役所にも沢山中国人が採用されているのでしょうね。裁判ねぇ。ところで、あなたのお名前はなんとおっしゃるのですか?」と必要になると思って聞いてみた。黙っている。名札を覗くようにするとようやく言った。「キムです」ーこんなものはオチにもならない。やっぱり、という話だ。特に戸籍係や旅券係に多いのだろう。やりたい放題改竄して、「すべて戸籍抄本に合わせなければなりません」ー消えた年金も年金係が企業が収めた年金や一括納入した一般の人のお金をネコババしたという話は、いや程聞いた。それが重なって大問題になったではないか。「ワタリ」もそうだが、役所というところはかばい合う。私はすでにパスポートを取る気はなくしたが、戸籍を改竄されたままにするわけにはいかない。
この記事を最初に書いたときは、福岡市の話だったが、すでに日本の市町村の大部分が、福岡市状態ではないだろうか。

・・・・・追記:2013年7月20日・・・・・
近所の市役所との話し合いは、徹底的に不愉快だった。とにかく本籍地にいけと。でそこで、手書きの時代のものを取得して、今までのなまえと同じであれば、間違いを認めてこのおかしな戸籍抄本を書き換えてくれるんですね、といえば、「それが間違っている可能性がある。したがって裁判して判決を得て、初めて、どちらが正しいか決まる」という。「コンピュータ化の際の入力ミスに決まってるじゃないですか?」といってもダメ。違う、ということは、どちらかが間違いだということでしかない、という。さっき友達から電話があって「間違いがわかれば、役所は書き換える」筈と教えてくれた。ただ、私が市役所の「キム」さんと長々とやり取りした結果では、役所側は、自分の側のミスを徹底的に認めないようだ。つまり、異なっていたとしても、その当時の申請者側の間違いで、あくまでも郵便処理センターが送ってきたものが、正しいという認識を押し通す。だから裁判しかないという。そう言いながら「裁判を勧めているわけではない」と逃げを打つ。「ではどうすれば?」といえば、初めに書いたように、自分の所有物やライセンス、印鑑証明、通帳に至るまで、全部このニセの名前に書き換えろという。間違いがわかれば、役所が書き換える、というのはあくまでも間違いが役所以外にあるという発想に基づいている。役所には間違いがない、という前提での「間違いがあれば」なのだ。
改製原戸籍について少し調べてみた。以下は抜き書きである。
ー確実な確認実施(本人同定)の為には、古い戸籍である改製原戸籍(改製原戸籍謄本)の確認が不可欠です。なぜなら、改製される前と後とで、内容に違いが出てくる可能性があるからです。つまり、改製される前の古い紙戸籍に書かれていた内容が、 改製された後の新しい戸籍に完全に全てに書き移される訳ではないということなのです。このような理由から、戸籍の改製が行われた場合は、必ず「改製原戸籍謄本」を取得して、 真実に漏れがないか確認する必要がある場合が在るのです。ー
(役所の間違いに気づかない場合は、間違った役所に責任はなく、個々の人間に「自発的にチェックしなければならない」という責任があるということ?)
ー(改製原戸籍の)審査は、住民票の請求よりも厳しいものとなっており、現在の運用では、殆どの市区町村が 犯罪被害の回復より、差別に繋がる調査や違法調査を排除する目的の方が優先されております。 正当な理由がある場合には、特定事務受任者(弁護士、司法書士、などの士業の方々等) を副代理人として選任するか、先生に依頼者を紹介して任せてしまいましょう。ー
原戸籍の申請は個人には厳しく制限され、またコンピュータ化したものとの違いの審査そのものも、第三者に依頼しなければならないということ?そのあとで裁判して判決を得て、そのあとで「書き換え請求」を提出しなければいけない。その全部をクリアーするのは、不可能という仕組みになっているのだろう。精根尽き果てた日本人に、人生をさかのぼってまであれこれ全部にわたって名前を変えさせる手続きを強いる。ここに至って親切な「キムさん」の親切な上のアドヴァイスに、一致するということか?

・・・・・追記:2013年7月23日・・・・・
「間違いがわかれば、役所は書き換える」筈と教えてくれた前記の友人がもう一度専門家に聞いてみると言ってくれて、そしてその結果の回答を昨日電話で教えてくれた。役所関係者が上から指導を受けていることに従えば、原戸籍が正しくて、その後誰かによって改竄されたかあるいは、コンピューター化の際の入力間違いが、たとえ明らかになっても、役所というところは原則として郵便処理センターが送ってきたものだけを真実とみなす。従って、こちらが証拠をいくら提出してもいかなる証拠も「間違い」で押し通す、ということだった。そんな馬鹿な、と怒ってみても、この人は親切に教えてくれただけなので、怒る相手が違う。対策として「最悪の場合は法務局に相談に行くという手がある」と教えてくれたが、それは市役所のキムさんが、弁護士に相談して裁判をする、という手がある、といったのと同じで、解決に向かうこととは全く別の話で、怒りを聞いていただく相手が見つかる、それだけのことだ。きむさんの話だと、裁判して最高にスムーズにことが運んだとしても、諸事情により、私が「名前を変える」という手続きを踏むことになり、役所が間違いを訂正する、という結果には繋がらないという。抑えようもなく、怒りが爆発する。しばらく冷静になる期間をおいたほうがいいだろう。今動くとあちこちで喧嘩になるだけだ。それでは、解決には永遠に近づけない。自分で川の淵を歩いて、突き落とされに行くような行為だ。

実は思い出したことがあるのだ。だから今回は絶対役所のいいなりにはなりたくないと思っている。少し落ち着いたら、そのことを書き込みたいと思っている。こういうことが勃発するのはなにも私に限ったことではないと思うからだ。それに読者の中に専門家の方がいらっしゃれば、何らかのアドヴァイスをいただけるかもしれない。ひとりで黙々と行動をしても、最後はヘロヘロになって、別人にされてしまう、私一人だけでなく、亡くなった家族全員を引き連れて。家系抹消の行為につながるのだ。
そう言えばキムさんは最後に話をすり替えた。例えば澤の字と沢、藏の字と蔵、渡邉の字と渡辺、藪の字と薮「そういう間違いもよくあるのですが、全部戸籍通りに書き換えてもらっています」と。同じ字ではないか。私の場合は字も音読みも訓読みも意味までも違う、別字である。論点をすり替えてまで、人に名前を変えさせようとする。怒りで頭蓋骨が吹き飛びそうだ。

・・・・・同日追記・・・・・
戸籍が偽物になると、なんだか自分がいなくなったようでソワソワする。不安になったのか、お墓に行って名前を確認したくなった。ひょっとしたらお墓の文字まで変わっているのではないかなどと、自信がなくなる。電車に乗ってお墓に行ってきた。大丈夫、どの墓石にもしっかり本来の名前が刻まれていた。なんでこんなことまで、不安になったのだろうと思う。そしてお墓の文字をよく見てみた。この字を行書体でかくと、確かに郵便送付センターが送ってきたあの出来損ないの文字になる、ことに気付いた。無教養な役人が読み間違えたのだろう。充分あり得る。それしかありえない。いつの時代を調べればいいか考えてみた。それで気づいたのだが、昭和20年3月13日の大阪大空襲で、古い書類は全部焼かれているのだ。祖母の話だと江戸時代はおろか、もっと先まで家系図があると、否あったと言っていた。昔はみんな手書きで、しかも毛筆、あったとしてもボロボロだろうが。私は祖父の資料を調べようと思ったのだが、あったとしても、戦後に手書きされたものでしかない。つまり3月13日(金)以前には書類では正式には遡れないのだ。別字なのだが、パッと見ただけでは違いに気づかない。まさかと思うから、誰ひとり、気づかなかったのかもしれない。実印だって、お墓の文字と同じだ。賞状も証書も、皆の全てが、本来の名前で生きてきている。誰を相手に裁判し、どれくらい書類を揃えればいいのだろうか?今のところ何もわからない。泣き寝入りだけはしたくない。はっきりしているのはそれだけだ。

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