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生命保険(社会不安の中で)

夜11時過ぎに元生徒の地蔵君から電話があった。生命保険加入をめぐって奥さんと大喧嘩したということだった。子供も2歳になったし、いろいろ調べて将来のことも考えて、保険に入ろうとしたら、奥さんが反対したらしい。保険よりも貯金のほうがいいと。3日前の話だ。

昨日のニュース明治安田生命の1000件を超える不正不払いが報道された。これだけ経済が窒息状態になったら、資金を集めてプラス運用するのは確かに至難だ。しかし保険会社が保険金を支払わないとなれば、自社の墓のみならず、日本の保険会社全体の墓を掘っているのと同じだ。
地蔵君がいろいろ比較した上で加入を決意したのも、そういえば米国のものだった。

銀行に預けても、いつの間にか他者によって預金が引き出されていたり、銀行そのものの破綻の事実もあった。この先年金の削減や増税もチラホラ見えている。
おまけに倒産に人員削減。この15年ですっかり名前が変わったのは銀行だけではない。合併、統合によって、ほとんどの会社が組織再構築(リストラクチャリング)を経て、名前を変えている。あるいは、存在そのものと共に名前を消している会社も多い。

おまけに偽ラベルの食品表示、内部告発で明るみにでた多くの会社ぐるみの不正、粉飾決算、業者の良心が問われる欠陥住宅,悪質リフォーム、ネット関連業者の不正請求、オレオレ詐欺、病院の医療ミスの隠蔽工作、あらゆる取引に伴う嘘八百・・・数え上げたら限がない。心安らかに生きてゆける社会ではない。
さらにこの天変地異。地震、ハリケーン、洪水、津波・・TVの映像はいやがうえにも目に焼きつく。不安は増幅する。この規模の大きさはどうだ。個人の力で踏ん張れる範囲をはるかに越えている。なすすべはない。
挙句に集団自殺、若者が嵌るたいした教義もない新興宗教引き篭もり学級崩壊、いじめ、うつ病、ストーカー、ごみ屋敷近隣迷惑行為児童虐待、尊属殺人・・・勇気をだして直視すると、人間の尊厳も人間間の信用も、もうほとんど破綻に向かって坂を転がっている。よく考えれば、この中で愛の力で克服できる次元のものなど、ひとつもない。

アルコールやセックスや賭博に頭を麻痺させて生きてゆくしかないのだろうか。襲い掛かる社会不安の中で、びくともしない大樹のような精神力を鍛えなければならない。あるいはいっそのこと、さっさと若年でボケてしまうか。はたまた危機感さえ認識できない大多数のダチョウの群れに入って、唯々諾々と尊厳を捨てて家畜化するか。
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「Madame」par Claude Barzotti
Barbaraの「Madame」とは別の曲。Claude Barzotti、あまり知られていないのでサイトを紹介しておきます。お顔などもここで見ることができるので。実力派だと思う。サイトはこちら
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定年後の人生(1)

緑風さんが独立して自分の会社を設立して2,3年の頃だった。
「今うちの幹部が入院中で、見舞いに行ってきた。給料も届けてきた。すごく喜んでくれた」・・
会社を設立したら、そういった働いていない社員にも給料を支払わなければならない。個人経営の会社は大変だなと思った。
緑風「うちの社員として、元気なときは働いてもらっていたからね」
働かせてやっているという、社長と、働いてもらっている、という社長と、この違いはすべてにおいて社風を根本から異なったものにする。

入院中の幹部の人の話になった。
仮に名前をD氏としよう。D氏は一流大学を出て一流企業に就職、そこで定年を迎えた。そのまま年金暮らしをすることも出来たが、まだ元気で働く意欲も充分にあった。そこへ知り合いの会社から、ポストと高給を保障され、それまでの経験を活用してほしいと、ぜひにと迎えられた。
断る理由がない。願ってもない話だった。第2の人生をスタートさせた。・・
1年ほどした頃、ほんの形式だけだからと、借入金の連帯保証人を頼まれた。自分のポストを考えると断れない立場にあった。
1回2回と繰り返し、挙句にバブルがはじけて、その会社は倒産した。
今までの人生があまりに順調だったためか、疑ったことなどまるでなかった。しかし、嵌められた、と結果的には思えないこともない。そう考えると疑惑は確信になった。
息子の嫁の実家に恥を忍んで借金の申し込みに行った。あんたはなんて馬鹿なんだと、笑いものにされ大恥をかいただけだった。家、土地、株、預金、全部を処分して裸で出直すしかなかった。
D氏は一生分の悔しさをその時味わったに違いない。
ゼロから就職活動を始め、ようやく緑風さんの会社に生活のために職を探し当てたのだった。
「他山の石としたい」と緑風さんは言った。
「何とかなる。誰かが助けてくれる。そんな甘い考えは捨てなければならない。僕もよく肝に銘じようと思った」と。

D氏に限ったことではない。類似した話は世間に5万とある。想像力がなくても、D氏の味わった苦汁は察するに余りある。
入院は癌のため、ということだったが、やはり、この苦渋がその引き金になったと言えないこともないだろう。

半年後に緑風さんに会った。
「今日は社員の葬儀だったんだ・・」
誰の、と聞かなくてもすぐにわかった。
人生いつ、どこで地雷を踏むかわからない。不景気になればなるほど、見えないところで音もなく、その地雷の数は粛々と増えている。

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MIKE BRAND 「Laisse-moi t'aimer」

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