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Mon Ami : Paul de Kotte Dikoume

前にParisに来たときに知り合った日本人のYOUに会いに行った。ヴァンセンヌの森の近くの25Avenue Fochのアパルトマンの屋根裏部屋に住んでいた。Parisのレストランで修行している。
一番上の階まではエレヴェーターで、そこから重い扉を押して螺旋階段を昇ってゆく。当然のことながらノックをしても返事がない。
すると隣の部屋のドアが開いて、留守だよ、メモでも入れておけば、という声が聞こえてきた。中を覗くと黒人の青年がいた。ドアはすぐに閉められた。筆記用具がない、どうしようと思っていると、またドアがあいて紙と鉛筆が差し出され、すぐに閉まった。「Merci」でも書く台がない、どうしよう。するとまた隣のドアが開いて百科事典のような重いぶ厚い本が出てきた。それを台にしてメモを書いた。それがカメルーン人PAULとの出会いだった。

事情があって私もその建物の屋根裏部屋に住むようになって、友達になった。
B「郵便配達夫がサインしろって言うんだけれど、サインしても大丈夫?」Paulに相談に行った。
P「サインしないと受け取れないよ。誰かが君にお金を送ってきたんだよ」
さっさとサインしなかったので郵便配達夫は頭から湯気を出して怒っていた。
私が盗難にあったことを誰かから聞いたTTが思いがけないことに日本からお金を送ってくれたのだった。
B「これどうすれば、お金になるの?」
P「郵便局で換金できるよ」

Paulは時々部屋に遊びに来るようになり、私も時々遊びに行った。大きな色彩鮮やかな一枚布をどのように身体に巻きつけて洋服にするか、教えてもらった。一枚の布、裁断したり縫ったりせず、そのまま服になる不思議。
一年前ロサンゼルスに行ってバスに乗ったとき隣席の黒人の体臭に窒息しそうになり、Paulに会うまでは、黒人に対していいイメージを持っていなかった。Paulは体臭もなかったし精神が柔軟で、知性も礼節もあった。
第8だか、第10だか忘れたが、Paulが通っている郊外にあるParis大学のキャンパスを案内してもらったこともあった。
B「Paulは国に帰ったらエリートね」
P「しっかり勉強して帰ったら仕事して妹や弟を養っていかなくちゃいけないんだ」

Paulはよく冗談をいい、いつも楽しそうに笑っていた。私はその頃テキストとしてCRONINの「Deux Soeurs」や仏訳されたEdmondo De Amicisの「Grand Coeur(Le Journal d'un ecolier)」を使っていた。「ちょっとここを読んで」と言って、音読の練習用にPaulにカセットテイプに朗読してもらったりした。
よく喧嘩もした。Paulはしゃべり過ぎてうるさい。しかも説教をする。スプーンやフォークの洗い方が不十分だとか、荷造りの紐のかけ方が正しくないとか、際限がない。私は自分の描いた水彩を壁に貼ろうとしているところで押しピンを2個手に持っていた。
「Arrete! C'est assez!それ以上言ったらこの押しピンでPaulの両目を突くわよ!」冗談とはいえ、そんな発想がよく出たものだと自分でも思う。大山倍達の空手武者修行にそんなシーンがあって、多分それがインプットされていたからだろう。Paulの顔色が変わった。
「オーコワ。びっくりしたあ」
両目をかばうように両手で顔を覆ってアハハと笑いながらも、スゴスゴと部屋を出て行った。(つづく)
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ADAMO 「En Casquette A Galons Dores」
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