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まつぼっくり

ついに養護学校でも寝ついてしまった。保健室に来てもう一ヶ月になる。ひどくもならないが、どうしてもラッセル音が消えない。耳骨を伝ってゼーゼーとうるさい。

音楽室が近いので時々みんなの元気な歌声が聞こえてくる。
その時は楽しい気分になれる。音楽の授業は全校生(30数名?)一緒、同じ内容。
注意して聞くと毎回同じ歌を歌っている。

♪「春になれば、しがこも溶けて、どじょっこだーの、ふなっこだーの、春が来たかと、思うべな」
楽しい歌だと思う。もう一曲は

♪「輝くよ、輝くよ、青草の牧場に、輝くよ、輝くよ、元気よく、ランラン!」
元気が出る歌だと思う。早く元気になりたい。もう一曲は

♪「花の周りで、鳥が回る、鳥の周りで、世界の子供。回れ、回れ、回れ、鳥の様に歌いながら、地球のよおーに回ろうよ」
スケイルの大きな歌だ。

ある時安静時間に誰かが弾くオルガンの音で目が覚めた。初めはラジオかと思ったが違う。明らかに誰かが音楽室のハモンドオルガンで弾いている。
知っている曲だ。マーチだ。いい曲だ。
それに、う?何故知っているんだろう。よく知っている曲だ。夢を見ているのだろうか。素晴らしい演奏だし・・それにそれに、これは私が作曲した曲ではないか!!
自分の曲を誰かに演奏してもらうって、こんなに嬉しいものなのだろうか。本当に夢を見ている気分。覚めないでと祈っている。
学校で新聞部をつくりその紙面に自分で作曲した曲を学校の校歌(「まつぼっくり」)として以前掲載したのを思い出した。
後で聞いたら、教頭の西山先生が、その新聞を見て演奏してくださったのだ。元気だったら、走っていって横で歌いたい気分。勿論歌詞も付けていたのだ。

・・・・・・・・・・・・

音楽室にあったハモンドオルガンで元気な頃直ちゃんに「口笛を吹く男」と「孤独」(これらは例のギターで作曲した)を歌った。この8月に久しぶりに会った直ちゃんに、その話をしたら、きっちり全部、歌詞を間違えずに歌ってくれた。
もうここまできたら、彼女は一生あれらの曲を心に宿していてくれるだろう。嬉しい。
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play the guitar

生きるためだけに全力を費やしていた時代が長い。文字通り呼吸困難に襲われ、溺れかけた金魚のように口をパクパクと酸素を吸うためだけに全体力を消耗する。
養護学校から”脱走”したものの、普通校への通学が急にできる様になったわけではない。
その頃の慰めは以前大沢さんに買ってもらったguitarだった。曲が弾けるわけではない。元気な時に持って振り回すだけだ。時々はポロンポロンと弾いて作曲もしたけれど。

高校生になって芸術の選択は音楽をとった。何か楽器を決めなければならない。ギターしかないので、ギターにした。
まだ学校にもクラスメイトにも慣れていない頃だった。病み上がりで登校すると、青梅さんと言う人が「今度の音楽は楽器のテストよ」と教えてくれた。「テストって?」「前回練習した曲を一人一人別々に弾くの。Bruxellesさんはギターでしょう」「どんな曲?」「心配しなくてもコードを弾けばいいのよ」「コードなんて知らないし...」「じゃ私が教えてあげる」

青梅さんと言葉を交わしたのはその時が初めて。しかも4日後のテストのために「家においで」と誘ってくれた。
阿部野橋まで出てそこから路面電車に乗る。まだ新しい家で家人は誰もいないようだった。上がる前に足を濡らしたタオルで拭くように言われた。向かい合って椅子に座る。彼女がするとおりに真似た。一時間ぐらい練習して終わり。
「こんなのでいいの?」「それを先生のピアノに合わせて弾けばいい」

昼食時にT坊に調弦してもらった。午後の最初が音楽の実技テスト。
「さあ、どういう順番にしよう。希望者から手を挙げて」
待ってドキドキするのがイヤだったので真っ先に手を挙げた。「ハーイ」
何も考えずに青梅さんに教えてもらったそのままに弾く。
終わってやれやれと思っていると、教師が言った。
「真っ先に手を挙げるだけあって、なかなか上手だ」
ビックリした。そんな馬鹿な!本当は何もわかっていない。
全員が終わって、もう一度音楽教師が、私の実技を褒めてくれた。おかげで私がギターの名手だと勘違いするクラスメイトが何人か現れた。噂とはそういうものだろうか。

夏休み前になって少しずつクラスが出来上がり始めた。
授業中後ろの方がなんとなくざわついた。一番後ろの席の子が椅子ごとバタンと倒れた。大きな音がしてクラス全員がそこへ駆け寄った。
「靴を脱いで頭にのせろ!」「口にタオルを入れろ!」
叫んでいるけれど、誰も動かない。
彼女が口から泡を吹いていた。
保健室に急ぎながら思った。彼女には持病があったのだ。だからまともに登校も出来ない私に共感してくれたのだ。今度は私が彼女を守らなければ。

養護学校に彼女と同じ病気の子が二人いた。彼らに比べると青梅さんの発作はきわめて古典的だ。ただああいう倒れ方をした場合、地面に石や岩があると危険だ。

翌日彼女は元気な姿を見せてやって来た。けれども二度と私には話しかけることも近づくこともなくなってしまった。私が見てしまった事に彼女がこだわっているのだ。
私もあれ以来ギターを弾かなくなった。
ただ、ポロンポロンと作曲していた時にできた、左手の指のギターダコが消えるまでに、その後数年かかった。
・・・・・・・・・・・・・・
BGM:「Johnny Guitar

「そこに居てね、今行くわ」

足と手が、勝手に動いて
私は切符を買った。
人づてに聞いた住所と地図を握り締めて
見知らぬ駅に降り立った
さらに駅の交番で道順を確かめて
憑かれたように歩き出す
夏の雲のような喜びが
胸いっぱいに発生して
時間が逆戻りを始める
あなたがずっと私を
待っているような妙な確信があって
「そこに居てね、今行くわ」
と、声に出して呟いた。

お寿司屋さんの角を曲がって
さらに公園を右に折れて
登ったり下ったり
道に迷うなんて平気よ
慣れているもの
「そこに居てね、今行くわ」
「そこに居てね、今行くわ」
三叉路でしくじって
一時間は無駄にした
道に迷うのなんて平気よ
慣れているもの

あなたの表札にたどり着いて
家の周りをウロウロする
二人の匂いがたちこめていない
膨大な時間が別々に流れて・・・
それを引き返して来たものの
会いたいのか会いたくないのか
声さへ失くして
私はどんどん小さくなる
氷が溶けるようにたち消えた私は
ついに昔の私に戻っている
そして、あなたは、
あなたはここで今を
あなたの知らない今(あなた)を
多分生きているのだろうと知る。

・・・・・・・・・・・
BGM: ALBERGO A ORE

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