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姫神さんへの手紙 (3)

そのうちサビーヌの写真送れると思う。
昨日サビーヌの所に泊まって今日はサビーヌの実家で昼食までご馳走になった。ともかく凄く眠いのでひとまず帰ってきた。サビーヌと話すともうほとんど驚くほど上手く仏語が出来た。
ジャニスのレコードあったので、誰が買ったのかと聞いたらサビーヌと言う話。サビーヌもジャニスが好きらしい。サビーヌは固い感じが全然無くなっていて、かなりイカレた感じになっていて、それが魅力的で、まあ常人じゃないような感じが少しして、それで彼女次第に人間として本格的に優れていくように思う。
サビーヌのお母さんが朝の5時にBruxellesあてに、日本からtelがあったと言っていたけど、誰がしたのですか?時差は8時間日本が早い(日本の午後1時はParisの朝5時)ことを伝えてください。
・・・・・・
T.C.のことが、どうも気になって落ち着かない。(結局、リファンドされた1000DMを返却して、見つかったT.C.を使うか、見つかったT.C.を返却して、残りのリファンドを早めてもらうか、それだけのことなのだけれど。ドイチェバンクのpresidentと個人として直接対峙するのが一番早い。ドイツに行く余裕はないから、詳しいいきさつを手紙に書いて昨日出した。(貿易会社で毎日コレポン一人でやってたのだから、こう言うのは得意)・・・来週の終わりには、はっきりすると思う。これだけ手間暇かけて、なを結果として膨大な時間とcashを損失した。さらに精神的苦痛を考えると・・・なにか償いが無い限りParisを許すわけには行かない。(と言ってもParisは知らん顔、だけどね)
・・・・・・

今日はベルサイユに行った。とてもParisから近いので驚き。ベルサイユでニューヨークから来た人と出会ったけど、なんていうか英語を話そうと思っても、仏語が出てくる。でもまだ単語が不足で発音がきたない。
昨日初めてParisの夢を見た。サンミッシェルの風景だったけど。

・・・姫神さんは手紙を保管していてくれて、まとめて返却してくれた。
   今、そのよれよれの現物を見ながら、打ち込んでいます。・・・

(追記):整頓していたらDeutsche Bankからの2通の返事が見つかった。
○5th August, 1975(25th July,1975への返事)
 We thank you for your letter sent to us on 25th July,1975.
We are pleased to learn from your letter that the DM Travellers'Cheques which have been reported stolen are actually intact. We shall therefore be obliged if you will kindly let us have the DM Travellers'Cheques for which you already received an immediate refund of DM 1.000,--from Societe Generale, Paris. Please send us by registered mail-as soon as possible-the DM Travellers'Cheques of the equivalent of DM 1.000,--.
Regarding the remaining cheques you can retain these cheques and present them for encashment at any time.
With kind regards, we remain, Yours faithfully, Deutsche Bank AG その後直筆のサイン
(すっかり忘れていたが、結局戻ってきたTCから1000DM分を書留で返送せよとの指示だったのだ)
○22nd August,1975
Many thanks for your letter dated 14.8.1975.
We have received your DM Travellers'Cheques for DM500,--Nos. 90.730.111-112.
Hoping that this matter is settled at your convenience, we remain,
Yours faithfully, Deutsche Bank AG その後直筆サイン
(私の住所は25AvenueFoch 94-Vincennes/Frankreich となっている。この手紙が届いたのは8月28日というメモがある。執念で黒のバッグをやっと取り戻してからその後、ドイチェバンクとのやり取りだけで一ヶ月以上もかかったことがわかる。)
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姫神さんへの手紙 (2)

結果が意外なこととなってthe end。
これからまた、手続きのやり直しをしなければならないので、全然嬉しくない。一体今まで・・・。
必要書類をそろえて大使館に行ったら(いつもと違う人が出てきて)ポリスに行けという。で、ポリスに行くとまた別のポリスに行けという。それで、探しに探して行ったら((あった!!))パスポート、イエローカード(注:予防注射の証明書)、T.Cheque等出てきた。ただし現金はフランも円も勿論無く、愛用の和紙のさいふも、「黒い鷲」の歌詞メモと一緒に消えていた。
運が向いてきたみたい。けど、すでに受け取った1000DMを返したり、ドイツにtelexしたりAir Siamにも再発行された切符を返したり、これからまた大変。それに古い出てきたDMが果たして今有効かどうか。手続きだけでも今まですでに随分費用をかけたと言うのに。もう一度逆の手続きを繰り返さなければならない。
(注:1区、地下鉄シテ島でひったくられた黒のバッグは現金を抜き取られ、お箸も1本抜き取られ?Paris20区のゴミ箱の上で、親切な人によって発見されたのだった。)

サビーヌに住所知らせたら、速達でたった今返事がきた。期待通り友情に溢れたletterが来た。明日会うだろう。週末、一緒に過ごすことになると思う。
今日はあいにくの雨模様。だけどNotre Dame(Paris)とも和解できた。私のParisがやっと始まる。そして明後日はParis祭!!
・・・・・・・・

Chequeのことで完全にこんがらがってきた。はっきり言って黙っていれば、stop payment impossibleのtelexが入っているから、私の場合完全に2300DM丸儲けできるのだけど、根が正直だから、見つかったことを届ける。そしたらこれがかなり複雑で、お金1000DMを返したり、refund要求取り消しの手続きをしたり、つまり骨折り損のくたびれもうけ。おまけにすごく気分も悪い。なくなったT.C.が出てくるなんて、まず無いとのことなのにネ。今頃出てきて、踏んだり蹴ったり。かえって面倒で、今までの努力、必死の努力も水の泡。もう寝込んでしまいたい。
月曜日に行くと、とりあえず銀行2箇所にtelを入れた。
さっきABDIが1通目の手紙を届けてくれた。(注:姫神さんからの手紙のことか?)
告別式・・・もあるけど、出会いと言う誕生も人生にはあると信じたい。・・・
もう9時、外はまだ明るい。

これから3,4日、またT.Chequeのことでイライラしながらフランス語を引っ掻き回さねばならない。全く、こんちくしょう!!今はまだ何もかもすっきりしない。大使館なんて12:00?15:00までシャッターおろすのだから、もう時間のlossが甚だしい。

バルバラの持っていた緊張感・・・Parisはそれを人に要求する。だからParisだけはいつも若い。

・・・・・・・・・
(追記)Parisの東銀の支店には何度も足を運んだ。行員と親しくなって家に招待されたくらいだ。
東銀には警察から自分ですぐに電話して、T.C.のひかえていた番号を言って、使用停止手続きをしてもらうつもりだった。できると思ったがそれは出来ないらしい。(KKの恋人はスイスの銀行家だったので、後にそのことを聞いてみたが誰が何処で使うかわからないものを使用停止処置など出来ないということだった)そのためにT.C.には保険がかけてあるのだ。盗難にあった場合まずは、警察に行く。そこで盗難証明書を作成してもらう。そこからしか何も始まらない。(注:最寄の警察に辿り着くまでに、随分道に迷った。個室でまず事情聴取。アイナメという魚のような名前の黒人の英語を話せる警官が担当になった。帰り際にフランス語で「Soyez prudente」と言われた。盗難にあった者がParisで同情されることは無い。その不注意をむしろ咎められるのだ、すべては自己責任、それがParis風の発想だと識った。)その後すぐに銀行に行ったが、どこでT.C.を買いましたか、と質問された。淀屋橋の東銀だと言うと、まずその確認の電報を打つので、お金を支払えと言われた。吃驚。返事を待つために、明日もう一度来いと言われて。その確認が済むと今度はT.Cの番号確認のためにドイチェバンクに電報を打つと言われて、また電報代の支払い。何日も何回も東銀に足を運ばねばならないので、その間は東銀のまん前のホテルに宿泊していた。
盗難にあったTCが見つかった、どうすればいいかと相談に行ったら、普通はさっさと諦めるか、さっさと帰国するものなので、そんなに粘って(そう言えば毎日のように警察やら、拾得物管理所に顔を出して、まだ犯人は見つかりませんか、まだ黒のバッグは見つかりませんかと催促していた)、警察に届けられて本人に戻ったケイスは今まで無かったので、後はどうするかはドイツに行ってドイチェバンクと相談して決めてくださいと言われた。えぇっ!
東銀から連絡を受けたドイチェバンクはリファンドについては今後東銀ではなくParisのソシエテ・ジェネラルと交渉してくれと言ってきたので、ずっとソシエテ・ジェネラルと渡り合って来た。盗難にあったT.C.が見つかったとソシエテ・ジェネラルに相談に行くと、そこでもそれに関してはドイチェバンクと協議して欲しいと言われた。
再発行を済ませていたAir Siamに、盗難にあった帰りの航空券が見つかりましたと相談に行くと、再手続きはさらに面倒なので、古い見つかった方を破棄して欲しいと言われた。
パスポートはまだ再発行手続き中だったが、再発行のために暑い中6,70枚の書類にフーフー言いながら書き込んだのを覚えている。詳しい盗難状況を根掘り葉掘り、延々と書き込む。あれはなんだったのか。今となっては。

姫神さんへの手紙 (1)

 あなたに貰った国際返信用切手や「黒い鷲」の歌詞なども一緒に盗まれて、ぐやじい思いをしています。・・・
小切手(TC)の件はようやく何とかなりそうな気配。まだまだ安心できないけど。・・・この頃人を見るとみんな泥棒に見える。(注:多分盗難の後遺症) 書いた日記も一緒に盗まれたのも残念。

 サビーヌの一家はバカンスに出かけたらしく未だ彼女と連絡が取れていない。楽しみはお預け。・・・

 絵葉書でいいのでBruxellesで親切にして貰ったrosyに、あなたからも友人としてお礼の一筆を書いて出していただけませんか?(英語でいいと思います)以下が住所です(略)。

 部屋は念願の高級住宅街の一室(屋根裏部屋だけど)。犬を連れた老婦人がやたらと目に付く。壁にはABDIに貰ったイランのカレンダー、1353年なんて書いてある、とrosyに貰った温度計、今26度C。近くに目の覚めるような美しい公園と森(Vincennes)がある。

 Monsに2日いたけど(BruxellesとParisの途中)この時はユースに泊まったのでイギリスの小学生達と仲良くなり、彼女達の遠足に同行して、先生達とも仲良く、いい感じで過ごせた。イギリスの教育の自由さには驚いた。夜は眠くなれば眠る、いつでもいい。子供達が夕方カフェでビールを飲んで酔っ払って帰ってきたのには驚いた。この時の写真、フィルムを出す時に失敗してボツ!残念。

 オランピア劇場、ふと目にとまったけど、なんと小さな劇場だった(注:通りからはそう見える)。カトリーヌ・ララという歌手がいるけど、Barbaraと共作している女流作曲家は彼女だったっけ。今、ジョー・ダッサン(注:ミッシェル・サルドゥーの間違い)の「un accident」と言う曲、ニコール・クロワジールの「une femme avec toi」という曲が大ヒット。

 フランス語は、用はなんとか足せているけど、語彙は全然増えない(今のところ、勉強どころではないので)

 野ウサギのパテはくさくて不味かった。vin rougeには少し慣れた。今日は特選きのこカンズメがおいしかった。豚の頭の酢漬けも結構良かった。ほとんど自炊。ヨガの教えの項目に「知足」というのが有るけど、あれを読んでいて良かった。生活の工夫ということ。この何も無い部屋の中で。知足。
  ・・・・・・・・・・

 ヴァンセンヌの森の中ほどに野外競馬場があって天井の窓から首を出すと、夜間競馬の灯りが見える。・・・今日はABDIが遊びに来てくれた。Sabineとはまだ会っていなくて、そう言えばRogerともまだ。Sabineのお父さんがすごくBarbaraのファンなのだそうで、それを聞いて嬉しくなっちゃった。ABDIのイランの家の庭にはプールがあって、凄く大きな家。写真で見せてもらった。ABDIのお父さんもお母さんも、凄く気さくな感じの人。先日昼食に招待してくれた。ABDIはフランス語が凄く上手くなっていて、差が出来てしまった。

 飛行機に乗る前に、東京でO先生に会ったけど、出版は8月頃とのこと。それからlastの作品「あの風の墓地」、独特の味が出ているといって、誉めて貰った。救われた気持ちがした。(突然、昭和女子大なるところを訪問したのでした)

 大使館がAv.Hochにあり、大使館推薦の写真屋がAv.Wagranにある関係上、このところ毎日シャンゼリゼを歩いていて、もうあの辺には、金輪際行きたくない。(注:パスポートの再発行のために写真が必要となった)

・・・親友の姫神さんにParisから出した手紙から転載しました。・・・
(追記)Paris到着3日目、ホテル間の移動中に地下鉄の中でプロの犯罪者集団に黒いバッグをひったくられた。数週間後Youが住んでいた建物のコンシエルジュの善意で、この屋根裏部屋に辿り着いた。別のキャリーバッグの底に入れていた僅かな日本円のTCで暮らしていた頃だと思われる。文面から察するに1000ドイチェマルク(一部)のリファンドは完了していたかもしれない。パスポート、オープンの帰りの航空券、ドイチェマルクのTCの再発行のために孤軍奮闘していた頃に書いたものだと思われる。
(追記)比較的落ち着いた文面から察するに、TTが一人でかき集めて送ってくれた日本からの郵便為替のTTの援助金(20万円弱)も既に手にしていたように思われる。Vincennesの屋根裏部屋に辿り着いて2週間後に受け取ったような記憶がある。
TTにも母にも盗難の連絡はしなかった。がSKに出したハガキの内容が母を経由してTTに伝わったようだ。この時のTTの送金には今も心から感謝している。地獄に仏の思いがした。

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