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癌性腹膜炎

4月の初め町医者に行く決心をするまえから、今度は死ぬ、という予感があった。だから「死にたくない」「死にたくない」と何度か口から言葉が漏れた。町医者に放射線科の専門病院で腹部のCTをとってきてください、といわれた。「ここで検査していただきたいのですが」「ここではできません」
勧められたところは以前にいった経験があり、すごく印象が悪かった。二度といきたくないと思った記憶がある。そんなに遠いところではない。結局行けと言われれば、行かざるを得ない。
今度は印象がいい。順番も異様に長く待たなくてもいい。いたわって接してくれる。医者も若くてハンサムで信頼できそうだった。しかしfilmをみて何も言わない。私から質問した。
「先生、癌だとしたら、どこの癌ですか?」「卵巣の辺りに...」
初めて癌だと知ったこの日は4月4日、だったように記憶する。町医者が翌日休診。その日は家で休養をとることにした。さあ、どうしよう。あれやこれやいろんな場面を想定して準備しなければならない。目が覚めて放射線科の報告書を思い出した。中を開けてみてみよう。「癌性腹膜炎 卵巣癌第3期

癌性腹膜炎。初めて聞く。しばらくしてからネットで調べてみた。余命3ヶ月から1年。「長くはないから早くお見舞いに行ったほうがいい」「死が近い」イメージとしてはベッドに痩せて臥して今にも死にそうな患者。
「卵巣癌?取ったらいいんじゃないの」「腹水?抜けばいいんじゃないの」誰でもその程度の認識しかないので、余命云々といっても誰も信じない。私自身も。
最近、腹水が溜まれば癌も末期だ、という意味がようやくわかってきた。

九州のBARABARAさんが「がん治療革命ー未来への提言」という先進医療の本を送ってくださった。未来の治療はこうなるだろうという明るい見通しが提言されている。決してあきらめないで「生きること」しかし、その先進医療の希望の本の中でさえ、癌性腹膜炎は「難治癌治療の最後の難関」として取り上げられている。完治困難となっている。腹膜にがんが広がれば、腸管や胆管、尿管といった管の臓器が狭くなり、それぞれ、腸閉塞、封鎖性黄疸、水腎症という状態を引き起こし、患者さんの生活の質が落ち、ひいては生命の危機にもつながります、とある。あまり内容的には実感理解できなかった。「そうなの?」という感じである。

・・・・・・
5月1日に、今後の手術、抗がん剤治療がほぼ決定した。最初は検査のための手術。そのあとで、本格的手術があるはずなのだが、それに関して医者は何も言わなかった。すぐ前のエントリーにも書いたが、今の心配はパンパンに膨れ上がったお腹、手術の日までなんとか持たせることができるかどうか、一番悩んでいる。市大病院に行ってそこからまたさらにどこへ行くのかが、わからないので、そこで一泊手術といわれても、考えただけでへとへとだ。しかしあまり我慢しすぎると気絶したり倒れたりするらしい。実際排尿排便のあと紙で拭くのが困難になってきた。方向を変えて工夫しているが、相撲取りの状況だ。(付け人でもいたら拭いてもらいたい)それくらい膨らんできた。
尿が出にくい。試験管に1センチも一回にでない。膀胱が圧迫され尿管もつまりかけているのだろう。腎臓の機能もそのうち不全になる。心臓もすい臓も脾臓も肝臓も腎臓も圧迫されて、さらに肺にも水が溜まっているので、いずれ全機能不全になる。胃も圧迫されているので、食欲を完全に忘れている。管を通して尿を排泄という手もあるが、ベッドに縛り付けられたままになる。動作が遅いので、外出すると踏み切りで転倒する可能性もある。呼吸不全のために、酸欠で目を剥くかもしれない。腸が働かないと、栄養の吸収ができない。下剤をかければ、なんとか排水できるが、知らぬ間に脱水症になる可能性もある。一番最初の血液検査のときに、脱水症の症状を指摘された。それに体力をつけるためにがんばって食べても栄養分のほとんどは、腹水に取られてしまうらしい。腹水には養分が一杯だから、そもそも腹膜穿刺は、非常に体力を消耗するらしい。物の本によると、がん細胞をフィルターにかけて取り除き、また養分一杯の水はお腹の中に戻すのだそうだ。この辺の意味はまるでわからない。最新方法らしいが、これでは腹水の量は減らないではないか?腹水を取り除いてもすぐに元に戻るので、これはそもそも応急処置であって、治療とはいえない。それでも死ぬよりはましだから、何度も腹膜穿刺を繰り返す人もいるらしい。ここまで来ると単なる延命だ。そう、生きてはいるが日々衰弱するしかない。ありとあらゆる内臓の病気の症状が現れてくる。いまのところ体重は5キロしか減っていないが、10キロ減るのはこの調子だと時間の問題だ。そのころに手術だ。手術で卵巣癌の生体を取り出し、組織系の分類の作業に入るらしい。そこで、そのあとで抗がん剤投与が開始される。衰弱の上に手術、抗がん剤投与、生き残れるのはプロレスラーくらいしかいないだろう。要するに腹水のための衰弱、これがすべての原因だ。経験を通して、最近、腹水が溜まれば癌も末期だ、という意味がようやくわかってきた。「がん治療革命ー未来への提言」という先進医療の本にまで、癌性腹膜炎は「難治癌治療の最後の難関」と書かれている意味もわかってきた。物事には100%はないので、必ず死ぬとは限らないが、すでに死神の顔が見える。それは衰弱しきった自分自身の顔かもしれない。

悔いもなく怨みもなくて行く黄泉
(とりあえず)他人様の辞世の句をお借りして


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アンダーバスト拡大10センチ

腹水が溜まりすぎて横隔膜を押し上げ胃を圧迫する。膨れ上がった胃のせいで、ブラジャーのアンダーバストが痛い。4センチほどの補助具をつけているのだが、全く足りない。8センチから10センチほどの補助具が必要だ。
「いずれ手術をすることになると思います。」
「手術はしたくありません」
「手術しないとそれこそ大変なことになりますよ。手術を強くお勧めします」
この大学病院に通い始めておよそ一ヶ月だが、婦人科にきたのは今日がはじめて。この人が執刀医になるのだろう。
医者が説明する。この手術は治療目的の手術ではなく、最終診断と今後の治療方針決定のために必要な手術だということ。それは知っているので聞き流す。その次に医者はそれでもその手術の危険性をさんざんに言う。「そんなにポコポコと手術中に死ぬわけではないけれど、手術には高い危険性があるのです」だから手術が決定すれば、その説明の際に同行者、立会人が必要だと。「もしものことがあるかもしれませんから」それも知っている。
「友達に頼んでいます」「友達じゃなくて肉親はいないのですか」「いません」「ご両親は?」なかなか食い下がる。「もうとっくに亡くなっています」「他には?」「いません」
町医者が最初堺市の労災病院に紹介状を書くといったので、どのへんか一度下見に行った。乗り換えもあり、歩きも遠い。しかもバスを使って。ちょうど日曜日で正面玄関が閉まっていた。中に入って様子を見る。なんだか暗い。なじめそうもない。うろうろしてると、患者用のパンフレットがあった。それぞれの疾患に関して、一冊ずつ。患者が勝手に絶望したり楽観的に考えすぎないように、病院側が作った患者教育用のパンフレットだ。「卵巣癌」のパンフレットを手に取る。じっくりと全部読んでみた。最初にPCで調べたとおりのことが書いてある。腹水がたまるのは、既に末期。余命3ヶ月から一年。最後に抗がん剤が体に合わなければ、ホスピス行きだ。ホスピスで死ぬのも悪くはない。あのパンフレットを読んだだけでも、労災病院に来た価値がある。しかしこの病院はやめよう。
早速月曜日に町医者のところに行って、紹介状のあて先の書き換えを伏してお願いした。駅から近い、なじみのある病院にしたかった。今かかっている大学病院は父が54年前に胃がんで死んだ病院だ。私が子供の頃そこの「喘息教室」に入院していたことのある病院だ。だから紹介状を持ってはじめてひとりで大きな大学病院を訪れても、気後れすることはなかった。しかし大学病院の仕組み、システムになれないので、最初は緊張の連続だった。あっちに行け、こっちに行け、と最初は連続検査だ。それから毎週検査、検査。手術をすれば死期が早まると考えていたので、毎週の検査の連続はあり難かった。なかには他の病院に出かけて、胃がんと大腸がんの検査を一日でして来なさい、というものもあって、これは非常にびびった。特に大腸がんの検査では2リットルの水を飲まなければならないとかで、腹水で既にパンパンの胃や腸に、どうして2リットルもの水を押し込むことができるのか、恐怖に近かった。近所のSさんが自分の体験談をかなり具体的にしてくださったので、なんとか恐怖心を押さえ込むことができた。それにしても入院もせずに一日で上下両方の検査は過激だ。「麻酔を1日に2度もするのですか」と聞いたら、病院のひとはなれたもので「一回の麻酔で、連続してするのです」と説明してくれた。やれやれ。
そんなこんなで、検査検査で手術を引き伸ばしていたが、腹水が溜まりすぎていよいよ限界が来たので、総合診療センターの担当医に苦痛を言ってしまった。膀胱と胃が圧迫されておしっこが出にくい、食欲が全くわいてこない、肺まで圧迫されて、夜になるとくらっとするほどの呼吸困難に陥ると、お薬が必要なくらいに呼吸が苦しいと。
今日ついに婦人科に回された。ここまできたら、手術の具体化しかない。
5月7日には手術前検査、これで丸一日。中を見て吃驚。エイズ検査まである。5月9日にその結果を聞きに婦人科へ。そこまでクリアーできたら、ようやく入院・手術待機者リストに登録されるとか。「それから実際の手術までは、どれくらいですか?」と聞けば「およそ一ヶ月、多分5月の末か6月の初めになるでしょう」
入院してから手術の説明の日がありますから、それと手術の当日は、必ずあなたの場合、お友達を連れてきてくださいと、再度念をおされた。手術のあとは抗がん剤だ。抗がん剤が合わなければ、ホスピスか?いずれにせよ、想定通りの運びなのだが、ひとつだけ大問題がある。
この腹水のパンパンだ。これで食欲もなく寝汗ばかりかいてどんどんやせている。中には息苦しくて気絶するひともいるらしい。いまはすでに自由には歩きにくいし、動作も緩慢で日常生活も普通には送れない。あと一ヶ月、一人暮らしが続けられるかどうか。医者が言った。
「もうひとつ大事なことを言いますが、もし腹水が溜まりすぎて、我慢できなくなったら、婦人科に電話してきてください」
電話すると、そこからまたよその病院に回されて、一泊で水を抜く手術を受けるのだそうだ。お腹のパンパンは癌性腹膜炎で、この水を抜くことは、できるだけ避けた方がいいらしい。なぜなら水を抜いてもまたすぐに溜まるから。しかもその水には栄養分が含まれているらしくて、抜いた水をろ過して、普通はまたお腹に入れ戻すのだそうだ。でないと極端に衰弱する。水抜きは当然避けた方がいい手術である。しかし、このままパンパンで、どんどんやせて、呼吸困難で気絶でもしたら、生命の危険を伴ってくる。医者が言う。
「あまりギリギリまで、我慢をしないで、限界の少し手前で、連絡してきてください」
水抜きの手術を繰り返すようになったら、ろくなことはない。できれば、避けなければならないと今は考えている。さてあと一ヶ月、この腹水の固く腫れ上がったパンパンをどうして耐えようかと、実は今悩んでいる。一人暮らしで気絶でもしたら、手術前に一巻の終わりだ。
水抜きの手術もしたくない。卵巣癌の手術もしたくない。抗がん剤も打ちたくない。だけど私は、死にたいわけでもない。いままでのように生き続けたい。


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