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フルーツバスケット

平田守純詩集「フルーツバスケット」が届いていた。発送者は平田美智子とある。もう何年前だろう、この二人の結婚披露パーティーに出席したような気がする。

平田さんは、短詩が自爆して、現代詩に飛び散った本当に古い古い仲間の一人だ。「そのほかの日々」2004年7月30日「隠れサフォーの店」に登場している。そこに書いているように、私は平田さんと万博に行っている。その帰りに、薫さんの店に案内してもらった。彼は背が高く、古風な感じの文学青年で、結婚式のときも誰かが”机龍之介”や”由比正雪”になぞらえていた。神戸のヴァイキングの君本昌久氏に私を紹介したのも彼だ。

「そのほかの日々(2)」2005年7月8日「革新川柳」に書いた川柳人石田柊馬の句集はあたかも短詩集のようだったが、平田さんの今回の第2詩集からは、短詩臭は払拭されている。
彼が編集発行した「短詩峡」や「類」を探し出してみる。「短詩峡」2号の裏表紙には「詩集紹介」として「2N世代」が取り上げられていた。「類」の裏表紙にはBruxellesの作品「MのLO」?逃げるブラジャーが掲載されている。これは大阪ミナミの「街」で詩の朗読会をしていた頃の連作の一部だ。この頃はまだ短詩に未練があり、一行の文がどれだけの修飾節を支えきれるかという実験をしていた。
最後の著者紹介のペイジを見ると、2003年4月23日没とある。残された詩作品を神戸の友人たちが集まって年月をかけて編集し誕生させたばかりのもののようだ。発行は2006年2月10日となっていた。

「類」2号で特集している藤本俊英と平田さんと私の3人で、三宮の駅で夜ポツンと電車を待っていた。するといきなり藤本俊英が私を激しく抱きしめてキスをしてきた。私が状況を飲み込めずに呆然としていると、後ろを向いていた筈の平田さんが「僕もやらないとソンだ」と口走って、突然同じことをした。気まずい空気が流れた。藤本俊英を突き飛ばさなかった私に非があるので、腹も立たなかった、むしろ平田さんのセリフに笑いそうになった。彼は善良な青年なるがゆえに、本当は私を守ろうと、止めに入ろうとしたけれど、もうひとつの野生が突然に目覚めて、自分でも思いも及ばないセリフを吐かせたのだと思う。

数ヶ月後、短詩の旧友の石原明が東京から私に会いに来た時、私は神戸の平田さんを石原明に紹介している。それくらいだから、あの”事件”は、わだかまりになるどころか、平田さんの人間性の良さをむしろ私に印象付けたのだろう。

今は亡き平田守純詩集を手にしながら、いろんなことを思い出している。友よ、どうぞ安らかに。
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HELENE SEGARA 「Humaine」

コメント

追想

平田が亡くなっていたのか。彼とは一度だけ会ったことがある。40年近く前だ。長身の黒めがねが印象に残っている。泊り込んでいろいろ話し込んだ。翌朝別れ際に「詩の印象から寡黙タイプと思ってたが」と言われたのが最後だった。

短詩

文学に対して、まじめな青年だった。「短詩」が自爆した後、自分で短詩誌を出したのは彼が真っ先だった。バイキングの君本氏を紹介してもらった場所は、居酒屋。食べ物を長い櫓の先に乗せて出すスタイルがまだ珍しかったので覚えている。
ところでA.I.さんは、あの時あのまま、平田さんちに泊まったというわけね。
あれは、連休で、あなたが朝早く私の家に来た時、ひとり先客がいたでしょう、覚えてる?マルセル・プルーストの世界的研究家になったのに、彼ももう早々と亡くなってしまいました。

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