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美しさと哀しみと

「自分用の冬物のコートを買うんだよ」とその朝父が母に言ったのをそばで聞いていた。
空襲で丸焼けになった父は、母とゼロからのスタートをした。貧しい貧しい日本の戦後である。近所に「何でも屋」のような衣料品店があった。母は私の手をひいて、とても嬉しそうな顔をしている。父の渡したお金に比して、その店は品物がはるかに安かったのだろう。母は一着分のお金で、おばあちゃんの分のコートも買った。
「おばあちゃんも焼け出されて、何もないから」そう言う母の顔はさらに喜びで輝いていた。
「これが私のコート。そしてこれがおばあちゃんのコート。」
母は座っておばあちゃんの前に二着のコートを並べた。
着てみて喜ぶと思ったのは大きな勘違いで、祖母はコートを手にとって少しながめて「こんなコートは着られない!」と自分の文化圏の言葉で吐き捨てるように言うと、そのコートを母に向かって投げつけた。
私はまだ物事を判断できる年齢ではなかったが、「なんだ、このクソばばぁ」と祖母に憎悪を感じたのは憶えている。それは私の一生の最初の憎しみの感情だったかもしれない。それまで私の知っている祖母と、そのような行為をする祖母と、どう考えても繋がらないのだ。祖母は所作の美しい人で、人に向かって物を「投げつける」ような人種では決してない。憎しみは時とともに忘れたが、謎は深まるばかりだった。

祖母が死んでさらに20年近くたった時だ。医者をしていた祖母の自慢の、たった一人の甥が、定年後に自叙伝を書いて、送ってきた。母がお礼の電話をしてした。電話を切ってから母が、吃驚したように私に言った。
「Bruxelles、お姉さんは厳しいが、その妹のうちのおばあちゃんは、優しいと評判の人だったらしい。自動車に乗って夫と二人で実家に帰ると、女優さんが来た、と近所の人が大勢集まってくるくらいの美人だったんだって。いつも夫婦御揃いのファッションを決めて、しかもおじいちゃんは徹底したレディー・ファーストで、車を降りる時も、ドアを開け手をさしのべて、常におばあちゃんをエスコートして。洋服の布はイギリスから取り寄せて、最新流行の特別仕立て・・・。○○先生は『なんでおばさんのところは、あんなに金持ちで、自分のところは貧乏なんだろうといつも思っていた』んだって」

明治・大正時代、ファッションと生活様式において、祖父と祖母は時代の先端を走っていたのだろう。祖母にとって、私達家族と暮らす現実は悉く受け入れ辛かったかもしれない。祖母は決して自分のことを「おばあちゃんはね、」とは言わなかった。常に「私」である。その後半生は、祖母にとっては、置かれた環境のすべてが祖母に疎外感のみを与える過酷なものだったのではないかと思う。

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