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bruxellesちゃんジャズ喫茶に行く

bruxellesちゃんジャズ喫茶に行く 2004年4月25日 (Sun) 17:02:52

ミナミのジャズ喫茶ナンバ一番にはじめていったのは、大阪市大病院の小児科に入院中の時だった。藤井和子という看護婦さんに連れて行ってもらった。市大には喘息教室というのがあって、骨皮すじ衛門のような瀕死の子供が集まって、蛙飛びやら,乾布摩擦や、体操やらを、上半身裸で屋上で行うのが、訓練であり日課になっていた。いつも歌を歌っていて、そんなに歌が好きなら、という事で、外出許可も取ってもらった。
Take the A trainでバンド交代があって、出てきたのは若い若い内田裕也。サイドの髪の毛が前に生えると言っていた。私も同じだ。まだビートルズの影も形もない頃で、チャック・ベリーやプレスリーナンバーが多かったと思う。飲んだのはコカコーラ。当時コカコーラの販売ルートは日本にまだ無かった。ジーンズショップもまだ無くてジーンズが欲しかった私はY.Oサンに頼んでどこかの工場の作業用のものを特別に譲ってもらった記憶がある。その頃流行していたのは、平尾のマーちゃんの「星は何でも知っている」和製ポップスの最古のものかもしれない。 

同じ時期今度は、インターンの医師のお見合いに同席して、石井好子さんのシャンソンコンサートに行った。インターンとお見合い相手の真ん中の席に座って「あなたはどなた?」と聞かれて「この人の隠し子」と言って、ひどく叱られた記憶がある。

中学生のときは、今度はキャバレー。Y.Oさんの妹さんが宝塚歌劇出身でグループを組んであちこちで洋楽に合わせて日舞のショウをされていた。「富士」「淀」「クラウン」「ワールド」月に一度の養護学校の帰宅日に行っていた気がする。それが身についてか20歳を過ぎて20代の時には、どんなお店に行っても常連のように振舞うようになり、ディスコなどではDJブースをハイジャックするようになった。


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