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一人息子に先立たれて...

どう運ばれてきたのか、父の遺体が家に戻ってきた。めったに感情を表さない祖母が、とりすがって大声で泣いた。布団の上に刀が置かれている。それが上下に動いて、まだ息をしているように思えた。

父の葬儀の日、私は喘息の発作が出て、母の姉の家で医者の往診を受けていた。当然注射だ。強烈な注射をして起き上がり、着物を着せられて、焼香をした。そのときの写真があるが、私は本当に小さいひょろひょろの子供だ。酷い喘息で骨と皮で、見るからに発育不良の虚弱児だ。火葬場には行かず、誰か知らない人の背に負われて、父の出棺を見た。
祖母はどうしたわけか、喪服に着替えず普段着のままで、しかも火葬場に行く車には乗らなかった。私の隣で首に両手を当てて、母の兄弟や甥達が棺を車の中に運び入れる出棺を目で追っていた。
私はそのまま、また母の姉の家に連れて行かれ、布団の中で苦しんだ。何日かその家で寝ていた。そしてそのまま市大病院に入院した。
その後、父が骨と灰になり家に戻り、家の中で何があったか何も知らない。

その後何年かたって、祖母から同じ話を何度も聞かされた。
「おばあちゃん、えらい元気ですね」
火葬場から戻った母の妹のHおばさんが、一人息子に死なれた祖母にそう言ったらしい。誰一人、声をかける人もいない、慰める人もいない祖母に、ただ一人声をかけたのがHおばさんだったのだが、祖母のショックはおさまらなかった。
「代われるものなら代わりたい、自分が死にたいと思っている人に、あんなことを言うなんて...」
Hおばさんに悪気があったとは思えない。ただ状況を見て「この人元気だな。世の中はなんて皮肉なんだろう」とフト思ったのだろう。「何故年齢の順番に人は死なないのだろう」と心底その時思ったのかもしれない。言われる者の立場を斟酌する余裕がなかったのだろう。
Hおばさんは人一倍身内思いの人で、その後も姪の私にはよくしてくれた。しかし祖母はその後一生、そう言われた言葉を噛みしめて、辛い思いを抱いたまま生きたのだろう。

思えば誰にでも経験があるかもしれない。
「あの人のあのひとことだけは、どうしても許せない」
そんな思いがひとつや、ふたつ。あるいは思い出せないくらいに沢山...

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