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女三界に家なし

摂氏33度くらいまでなら平気だが、33度を過ぎるあたりから、アイスキャンディーが欲しくなる。35度なら、アイスキャンディーを食べ続けることになる。今年初めてアイスキャンディーが必要となる温度に気づいた。
子供の頃、祖母が市場から帰ってきて「Bちゃん、はい」と言ってアイスキャンディーを手渡してくれた。「あれ、ひとつだけ?おばあちゃんの分は?」「私はいらない」祖母の顔を見ると、顎から汗が流れ落ちている。暑くて仕方がないのだ。きっとアイスキャンディーを食べたいのだろう。「おばあちゃんの分がないのなら、これを半分にしよう」そうすると祖母は半分食べる。「どうして自分の分を買ってこないの?」と聞いても返事をしない。不可解な行動だ。なぜなのだろう。同じようなことが数回続いて、そのあと祖母は初めから棒の二つ付いた、真ん中でポキンと二つに割るアイスキャンディーを買ってくるようになった。
いつ頃だったか思い出せないが、それが祖母の遠慮だと後でわかった。馬鹿げた遠慮だ。食べたいものを食べたい時に買えばいいのに、何故つまらない遠慮をするのだろう?父がいないので、母が働いている。その母のお金でアイスキャンディーを買いたくないのだろう。「女三界に家なし」と祖母がつぶやいたことがあった。「どう言う意味?」と聞いた。子供の時はお父さん、結婚したら夫、年老いたら息子、に厄介になって生きる、という意味だと教えてくれた。「お父さんの家、夫の家、息子の家、で、与えられた役割に従って生きるということ?」のようだ。では息子に死なれた母親はどうすればいいのだろう。息子の嫁に養ってもらうしかないのだろうか。祖母の場合母は「お気に召さない嫁」なのだ。孫の世話をしている限りは、この家にいる権利はある。けれど祖母の心の中では「自分が暑いからといって、自分の食べるアイスキャンディーを買う」という行為は、できない、と思い込んでいるのだろうか?何故なら祖母自身が、母を他人と考えているからだ。息子の嫁とか、家族の一員とかという意識があれば、当然アイスキャンディーは2本買ってくるだろう。それはある意味プライドなのだろうか?訳がわからない。いずれにせよ何の意味もない「遠慮」である。よく「私は遠慮している、遠慮している」と言っていたが、そういうことなのだろうか?
おじいさんと嫁ならもっと大変だ。息子が死んだあと、おじいさんと嫁が同じ家で暮らすことになる。いろいろと世間はうるさいだろうし、実際下衆の勘繰りの通りの事件も決して少なくなかっただろう。ただこういう問題は息子や娘が二人以上いれば、簡単に解決する問題である。昔はだいたいどこの家にもおじいさんやおばあさんが普通にいて当たり前、我が家にいなくても、おじさんの家とかあばさんの家とかには、おじいさんおばあさんがいたものだ。最近は長男でも親と同居の結婚などありえない。そして老人には年金があるので、老いて子供に養ってもらう親もいない。むしろ、40、50を過ぎても、親に何かと生活の援助をしてもらっている息子や娘のはなしはよく聞く。祖母ももう少しあとに生まれていれば、「女三界に家なし」に縛られることなく、つまらない遠慮をする必要もなかっただろうに。しかしどちらが幸せかはわからない。いくら祖母が「遠慮しい」でも、死んだらこっそり家族葬でいいわ、などという遠慮は思いつきもしなかっただろう。考えてみれば、日本社会も日本人の意識も大変な変わりようである。

祖母の話に戻る。ほかに一回祖母がおかしなことを言い始めて、どうしたのかと、思ったことがあった。あの時代の「息子のいないおばあさん」の心理を私が全く理解していなかったに過ぎないのだが。
近所の昔私も絵を習いに行っていた絵描きさんがなくなった。するとお嫁さんの一族が家族会議を開いて、絵描きさんの母親(その家のおばあさん)を養老院に放り込んでしまった。それにショックを受けたのか、祖母が「私を養老院に入れたら孫である、たとえばBちゃんが、世間の笑いものになる」と繰り返し言うようになった。それで吃驚した。「いったい私が何をして、世間の笑いものになるのですか?」の話である。「おばあさんを養老院に入れたら...」「誰が養老院に入れられるのですか?」「おばあさんが...」「どこの...」・・・「笑いものになるとかならないとか、より、そもそも誰もそんなこと発想さえしていないのに、何回同じこと言って、怒ってるのよ。おばあちゃん、あのね、自分に自信持ったほうがいいよ。この家における自分の存在価値に自信があるでしょう。誰がそんな馬鹿なことを考えるもんですか。おばあちゃんともあろう人が、そんな妄想にとりつかれるなんて、おかしいわ。」それから祖母は憑き物が落ちたようにその話をばったりやめた。
前にも書いたが祖母には甥がひとりいるだけだ。母は八人兄弟なので身内が多い。兄弟だけでなく甥や姪もたくさんいる。今になって考えればの話だが、母の一族が家族会議などを開いたら、祖母もそういう目にあっていた可能性は高い。しかし(亡き)父が立ちふさがる。母の夫である父の母である。いくら大人数でも母の一族が家族会議を開いて祖母に関して何かを決めるような立場にはない。そのへんの常識さえ吹き飛ばして祖母は何故くだらない妄想に苦しんだのだろうか?いつか検証しようと思っている。

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