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アンダーバスト拡大10センチ

腹水が溜まりすぎて横隔膜を押し上げ胃を圧迫する。膨れ上がった胃のせいで、ブラジャーのアンダーバストが痛い。4センチほどの補助具をつけているのだが、全く足りない。8センチから10センチほどの補助具が必要だ。
「いずれ手術をすることになると思います。」
「手術はしたくありません」
「手術しないとそれこそ大変なことになりますよ。手術を強くお勧めします」
この大学病院に通い始めておよそ一ヶ月だが、婦人科にきたのは今日がはじめて。この人が執刀医になるのだろう。
医者が説明する。この手術は治療目的の手術ではなく、最終診断と今後の治療方針決定のために必要な手術だということ。それは知っているので聞き流す。その次に医者はそれでもその手術の危険性をさんざんに言う。「そんなにポコポコと手術中に死ぬわけではないけれど、手術には高い危険性があるのです」だから手術が決定すれば、その説明の際に同行者、立会人が必要だと。「もしものことがあるかもしれませんから」それも知っている。
「友達に頼んでいます」「友達じゃなくて肉親はいないのですか」「いません」「ご両親は?」なかなか食い下がる。「もうとっくに亡くなっています」「他には?」「いません」
町医者が最初堺市の労災病院に紹介状を書くといったので、どのへんか一度下見に行った。乗り換えもあり、歩きも遠い。しかもバスを使って。ちょうど日曜日で正面玄関が閉まっていた。中に入って様子を見る。なんだか暗い。なじめそうもない。うろうろしてると、患者用のパンフレットがあった。それぞれの疾患に関して、一冊ずつ。患者が勝手に絶望したり楽観的に考えすぎないように、病院側が作った患者教育用のパンフレットだ。「卵巣癌」のパンフレットを手に取る。じっくりと全部読んでみた。最初にPCで調べたとおりのことが書いてある。腹水がたまるのは、既に末期。余命3ヶ月から一年。最後に抗がん剤が体に合わなければ、ホスピス行きだ。ホスピスで死ぬのも悪くはない。あのパンフレットを読んだだけでも、労災病院に来た価値がある。しかしこの病院はやめよう。
早速月曜日に町医者のところに行って、紹介状のあて先の書き換えを伏してお願いした。駅から近い、なじみのある病院にしたかった。今かかっている大学病院は父が54年前に胃がんで死んだ病院だ。私が子供の頃そこの「喘息教室」に入院していたことのある病院だ。だから紹介状を持ってはじめてひとりで大きな大学病院を訪れても、気後れすることはなかった。しかし大学病院の仕組み、システムになれないので、最初は緊張の連続だった。あっちに行け、こっちに行け、と最初は連続検査だ。それから毎週検査、検査。手術をすれば死期が早まると考えていたので、毎週の検査の連続はあり難かった。なかには他の病院に出かけて、胃がんと大腸がんの検査を一日でして来なさい、というものもあって、これは非常にびびった。特に大腸がんの検査では2リットルの水を飲まなければならないとかで、腹水で既にパンパンの胃や腸に、どうして2リットルもの水を押し込むことができるのか、恐怖に近かった。近所のSさんが自分の体験談をかなり具体的にしてくださったので、なんとか恐怖心を押さえ込むことができた。それにしても入院もせずに一日で上下両方の検査は過激だ。「麻酔を1日に2度もするのですか」と聞いたら、病院のひとはなれたもので「一回の麻酔で、連続してするのです」と説明してくれた。やれやれ。
そんなこんなで、検査検査で手術を引き伸ばしていたが、腹水が溜まりすぎていよいよ限界が来たので、総合診療センターの担当医に苦痛を言ってしまった。膀胱と胃が圧迫されておしっこが出にくい、食欲が全くわいてこない、肺まで圧迫されて、夜になるとくらっとするほどの呼吸困難に陥ると、お薬が必要なくらいに呼吸が苦しいと。
今日ついに婦人科に回された。ここまできたら、手術の具体化しかない。
5月7日には手術前検査、これで丸一日。中を見て吃驚。エイズ検査まである。5月9日にその結果を聞きに婦人科へ。そこまでクリアーできたら、ようやく入院・手術待機者リストに登録されるとか。「それから実際の手術までは、どれくらいですか?」と聞けば「およそ一ヶ月、多分5月の末か6月の初めになるでしょう」
入院してから手術の説明の日がありますから、それと手術の当日は、必ずあなたの場合、お友達を連れてきてくださいと、再度念をおされた。手術のあとは抗がん剤だ。抗がん剤が合わなければ、ホスピスか?いずれにせよ、想定通りの運びなのだが、ひとつだけ大問題がある。
この腹水のパンパンだ。これで食欲もなく寝汗ばかりかいてどんどんやせている。中には息苦しくて気絶するひともいるらしい。いまはすでに自由には歩きにくいし、動作も緩慢で日常生活も普通には送れない。あと一ヶ月、一人暮らしが続けられるかどうか。医者が言った。
「もうひとつ大事なことを言いますが、もし腹水が溜まりすぎて、我慢できなくなったら、婦人科に電話してきてください」
電話すると、そこからまたよその病院に回されて、一泊で水を抜く手術を受けるのだそうだ。お腹のパンパンは癌性腹膜炎で、この水を抜くことは、できるだけ避けた方がいいらしい。なぜなら水を抜いてもまたすぐに溜まるから。しかもその水には栄養分が含まれているらしくて、抜いた水をろ過して、普通はまたお腹に入れ戻すのだそうだ。でないと極端に衰弱する。水抜きは当然避けた方がいい手術である。しかし、このままパンパンで、どんどんやせて、呼吸困難で気絶でもしたら、生命の危険を伴ってくる。医者が言う。
「あまりギリギリまで、我慢をしないで、限界の少し手前で、連絡してきてください」
水抜きの手術を繰り返すようになったら、ろくなことはない。できれば、避けなければならないと今は考えている。さてあと一ヶ月、この腹水の固く腫れ上がったパンパンをどうして耐えようかと、実は今悩んでいる。一人暮らしで気絶でもしたら、手術前に一巻の終わりだ。
水抜きの手術もしたくない。卵巣癌の手術もしたくない。抗がん剤も打ちたくない。だけど私は、死にたいわけでもない。いままでのように生き続けたい。


コメント

辛いです

御一人で、そのような状態のとき、何かと不便ですよね。
私でお役に立てるのなら、どんなに小さな用であっても飛んで行きたい気持ちです。
現実には何もできなくて辛いです。

コメント大変ありがとうございます

蛟龍さま
おやさしいコメントありがとうございました。誰かが視線を注いでくださっている、ということは大いに励みになります。ひとりというのは自由を最優先してきたツケです。生き様は死に様に、死に様は生き様に、反映するのでしょう。
ただね、一人暮らしが多い現代の世の中、手術や入院の連帯責任の判を押してくれる人は、いない場合が寧ろ多いような気がします。家族のない場合。

Barbaraのお父さんの死に様を思い出しています。あれは娘に詫びるための最高の死に方です。ああ死なれたら、娘も許すしかない。死に方で充分罪を償ったら、娘が許してくれる、あの娘は一人で駆けつけてくれる、死に行くものの最後の気持ちが伝わってきます。
苦心惨憺の末、あの曲が生まれ、結局その曲が娘を大歌手に導いた。あの曲の誕生は父親からの娘への愛情の祈りの、力添えの、結晶だと思います。

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