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去年の昨日

いつか昨年を振り返って、初めから記述したいと思いながら、全く進まない。探す気がないからか、メモも見つからない。昨日ふと考えたら、去年の昨日が手術日だった。2014年6月10日。朝一番の手術で、どういうわけか歩いてエレベーターに乗り込んだ。ここでは手術患者は皆そうする。ドアが閉まるまで敬礼していた。この世に対して、自分の人生に対して。
朝の6時に公衆電話から同志F氏とO氏に電話した。「いまから手術に参ります」何故かこのまま死ぬような気がしたからだ。
手術前説明で医者からさんざん言われた。「手術中に死ぬこともあります」繰り返し言われるので、サインを躊躇していると医者が言った。「死ぬ死ぬと言っても、そんなに手術中にポコポコと死ぬわけではありません」ポコポコだったらたまらない。誰でもしない方を選び取るだろう。麻酔は全身麻酔で、手術中は一旦自発呼吸は止められて人工呼吸となる。口を大きく開けて酸素の管を気管支の中まで押し込んだようだ。記憶はないのだが、手術をした人は皆、長引く咳に苦しむ。人工呼吸の管を挿入する際に気管支に傷がつくかららしい。麻酔に関する危険、そして輸血に関する危険の説明も詳しくあった。それでかなりビビッてしまったことも確かだ。説明を聞いた感想としては、ポコポコのひとりになる可能性がかなり強かった。なにより、覚悟を決めなければならなかったのは「手術をしても全部は取れない。大部分が残る。手術をして生体検査をして(それが手術の目的)組織系が判別したら、そのあとその組織系に対応できる抗がん剤が決まる。そこから抗がん剤治療が始まる。しかし抗がん剤では完治はできません。いくばくかの延命に賭けるのみです。いくばくは数年ではなく、数ヶ月の延命。しかもうまくいけばの話。癌が怖いと認識されるのはそのためなのだろう。末期癌はほとんどの場合治らないのが現実のようだ。
入院のしおり、をみると、入院する前に「歯科にいくように」と指示が出ていて、私も歯科に行ったが「中途半端にいじって、そのまま入院となるより、治療するなら退院してからのほうが良い」と言われた。事実、入院前に歯の治療をしてくる患者は滅多にいないようだった。その目的はと聞いてみると、酸素吸入をする時に太い固いものを口にくわえるので、歯が折れたりぐらついたりする場合があり、折れて喉に転がり込むと危険だからだそうだ。管を引き抜くときも歯に強く当たるので、折れたりぐらぐらしたりするらしい。私はあらかじめ、強い衝撃を歯にかけないように(セメントでくっつけているだけの折れた歯があるので)お願いした。「わかりました、気をつけます」と言っていただいた。今、一部小さなメモが見つかった。「治らない可能性がある。死んでしまう可能性がある」と走り書きしているが、これは医者が言った言葉、そのままだ。ひとり暮らしなので、隠さないでありのままに全部伝えて欲しいと申し出ていたので、ありのままに伝えられたわけだ。「常に死を頭の中に入れておいてください」とも言われた。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、という噴水の中にいたので、他のことは一切考えられないような状態だった。
今6月9日の日記のようなものが見つかった。「4錠の下剤で黒いウンコが出ると、おなかがへこんで腹水が溜まっていないように見えるくらいになった。」(月曜日が体重測定の日だった)「体重39.25Kg、この体重の減少は何なんだろう。(普段は56Kgだった)」
「衰弱感と一致するのだろうか?では衰弱感はどこから?」-腹水が溜まると栄養が全部ソコに取られてしまう。それで腹水を抜くと、著しく衰弱する。この体重の減少もそのためだろう。40Kgを切るなどということは、子供の時以来だ。もし30Kgを切る時が来たら間違いなく死ぬだろう、とその時に思った。癌で死ぬ人は顔に癌相が表れる、と聞いたことがある。がりがりに痩せるのだ。エイズと同じ。隣のベッドで医者が患者に「生きる死ぬは体重が決め手」といっているのを聞いたこともある。確かにそうだと思う。食べられない、あるいは食べても消化できない、となると痩せるしかない。そう、癌死はある種の餓死だと聞いたこともある。
6月7日の文章には、腹水が溜まり始めた、と書いている。だから6月9日の腹水云々の記述はかなりいい加減だと思ったほうがいい。ここで確認しておきたいのは、私は手術前に腹水を7000cc以上抜いていて、その後はらはらすることは幾度もあるが、一度も抜いていない。また上に衰弱感云々と書いているが、ここに記入した衰弱感はその後何ヶ月も何ヶ月もつきまとった。衰弱感というのは、よろよろ感だ。他の患者さんに比べてやはり「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」状態だったのだろう。

手術前にどういう説明をうけたのか、抗がん剤投与前にどういう説明を受けたのか、そして腹水を抜く前にはどういう状態だったのか、これらはまた特別に日を改めて書いてみたい。

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