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PLANETE BARBARA

PLANETE BARBARA 2004年5月30日 (Sun) 18:27:50

ローケイションは抜群だった。正面は青空。眼下は瀬戸内海の青。その上にコロンブスのサンタ・マリア号を模した帆船がゆっくりと航海している。この人は私が手渡した’90年のプログラム冊子を両手で受け取り胸に引き寄せた。そして話している間中ずっと大事に抱きかかえていた。

私は私を廃人寸前に追いやった騒音地獄の真っ只中にいた。家の半分は二等船室さながら、音楽を楽しむどころか疲れ果て、セルフコントロールも効かずダメージは耳のみならず心臓にも及んでいた。そんな時、名前に記憶のない一通のエアーメイルが届いた。仕事でサントリー・ミュージアムに行く。よければ会いたい。資料が欲しいということだった。収集癖のない私は、直近のパンフ以外全く何もなかった。後先も考えず、服も着替えず、ただ電車と地下鉄を乗り換えて大阪港に着き、そこから歩いて天保山ホテルに向かった。

それより8年前。フェスティバルホール1F最前列中央にその人がいて、私は5席分ほど右寄りのやはり最前列にいた。暗闇の中で何度かその人はこちらを見た。私もその人の気配の方に何度か視線を投げた。近視で何も見えなかったけれど、多分何かを確認しあっていたのだろう。アンコールが終わるとまるで長年の友達のようにこちらに歩いてきて、私の花束を指し「楽屋に持っていくのがいいわね」「でも、楽屋って何処にあるの?」・・と会話がスタートした。この人、Dany Morisse はバルバラのワールドツアーを全部追っかけ、日本の公演も最前列中央ですべてを繰り返し見たという頭の下がるバルバラ狂だ。1年の休暇を取っている。私は電話をかけまくって今日のホテルをロイヤルと突き止めていた。「ロイヤルで待とう」と提案したが、フランスでは楽屋出口で待つのだと言った。雨が降ろうが風が吹こうが100人近くが何時間も何時間も平気で待つのだと言った。熱狂の度が違う。その夜は母が突発性難聴で入院して2日目だったので、私には心理的に時間の余裕が全く無かった。結局二人でロイヤルのフロントに行った。フロント係りが「バルバラさんがお出になりました」と受話器を渡そうとしたら「Non,non,non]と、突然Dany が焦りまくった。「どうしたの?」「とにかく切って」・・偉大なバルバラを前に狼狽したのか?ワールドツアーを追っかけているこの人が?謎のまま花束をフロントに預けて、母の待つ病院に急いだ。・・(バルバラがファンに要求するdiscretion.そしてDanyのこの過度なまでの遠慮と気配り。謎を解くにはSandra Thomas の1980年刊の「La barbaresque」、その存在と内容を知るまで13年間の歳月を要した)
私が歌うということを知ってDanyは後に80曲分程の楽譜を贈ってくれた。収集癖の無い私は自分が歌いたい曲が無いからと、きれいさっぱり、全部紛失してしまっている。バルバラファンの間だけに出回る60年代のラジオ出演の際の録音テイプ等も送ってくれた。ダビングにダビングを重ねた大昔のテイプなのでピーピーガーガーゼーゼー、ほとんど雑音なのだけれどフランスのバルバラファンの熱意が伝わってくる。・・
受け取ったエアーメイルの中に、8年前大阪で貴方にあったDanyからあなたの事を聞いたという一行があった。

「あの人が亡くなってむしろ余計に身近に感じられるようになった」と彼女は言った。「こんな曲知ってる?こんな曲は?」私は次々と好みの曲を小さな声でハミングした。当然のことながら彼女はすべての曲をフランス語で記憶していた。あと数ヶ月したら死によって中断した自筆の伝記が出版される。そしたら、それをお礼に送ると約束してくれた。孤独なファンとしては、ここぞと質問の矢を放ったが、肝心の死因と子供に関しては、うまくかわされた。それがJeanne Sudourとの出会いだった。その年の秋自伝「Il etait un piano noir」が航空便で届けられた。Chorusの特集号も送ってくれた。

そして2年後、つまりバルバラの死後3年目にJeanne とDany は偶発的な仲間10人程と結集して、Les Amis de Barbara を誕生させた。Les Amis de BarbaraとPassion-barbara Netに触発されたこのPLANETE BARBARA。サイトの発芽はひょっとしたら14年前のFestival Hallの暗闇にまで遡るかも知れない。

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Le chanteur malheureux par Claude Francois
このタイトルのとおり,感電死という死に方で、本当に不幸な歌手になってしまったクロクロ。

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