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幽体離脱

幽体離脱 2004年6月19日 (Sat) 16:57:57

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少し話が逸れるが、私はひとつの、面白い体験を持っている。
7年ほど前養護学校の静養室でひどい発作(喘息)に苦しんでいた真夜中のことである。その時の発作は十数年来を振り返っても最も強烈な苦しさで、立て続けにむかついて、咳き込むたびに顔を突っ込みそうになる洗面器からは汚物が溢れ始めていたし、苦しさといったら死んでいるのにまだ追っかけられているような感じで、私は何だか必死で助けを求めて叫び続けた。が、そんなことは一切無駄で、同病の同室の子は2時間ほど前から、バタバタと死ぬように疲れ果てて寝入っていたし、夕方3度ほど汚物を捨ててくれた寮母さんや看護婦さんも、いつの間にか別の棟に消えてしまっている様子で、今の自分の苦しみを助けてくれる希望は全くないことだけはっきり分かっていた。私は何とか息を吸おう吸おうともがいていたが、、一瞬パット苦しさから逃れる方法を考え付き、エーイと実行した。自己分離をしたのだ。今でも覚えている。あれは、私の魂が、苦しんでいる肉体の右前方約38度、高さは目の位置から上約60度、距離は約3メートル程の空中に飛び出して、苦しんでいる私を、同情しながら見たのである。そして私は、まんまと苦しさから解放されたのである。 
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1969年4月15日発行、詩劇通信「ぐるっぺ」に書いた日登敬子詩集「正しく泣けない」についての、拙文からの一部引用である。
まだ幽体離脱などという言葉は無かった。書いたのは69年だけれど、実際の体験は62年辺りか。その後、幽体離脱という言葉が登場し、広くマスコミで取り上げられるようになって、一番興味を持ったのは、幽体が本体を見つめる位置である。すべての証言が奇妙に一致している。私は苦しさから逃れるために、この時、意識的に、自分を分離させている。その点が他の証言とほんの少し異なる。

実は私は、もう一度この体験がある。1986年、例の交通事故で大量の血液を流失した2日目の夜。横たえていた身体が、横たわったままの状態で、ゆっくりと1M程上昇、宙に浮いた。病室全体が俯瞰で見えた。ベッドの配置、同室の人の寝顔、その人のタオルや湯呑みの色。何の力が働いて宙に浮いているのだろうか?すると今度は、足の方向から頭の方向に向かって力が働いた。窓ガラスに頭がぶつかってしまう。不安を感じたとき、すでに私の頭部から肩にかけて、窓ガラスを突き抜けていた。さらに足元から外に押し出す力が働く。横たわったままの状態で今度は夜空に浮いた。ゴーゴーという風の音が聞こえる。何処へ行くんだろう。不安と恐怖で一杯になった。すると、またゆっくり今度は頭部から足元に向けてベクトルが働いた。ガラスをつきぬけ病室に戻ってきた。深い安堵。ただ宙に浮いているので、何処に放り出されるのかという不安は残った。しかし、ふわりふわりと、ゆっくりと、横たわったままの姿勢でベッドの上に、着地した。帰ってきた、と思った。肉体に帰ってきた、と思った。・・・・・

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La Boheme par Charles AZNAVOUR
「悲しき天使」に通じるものがある。青春は、悲惨で滑稽であればあるほど、振り返ってみて、愛しい。


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