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Alexis Arguello (2)

Alexis Arguello (2) 2004年8月24日 (Tue) 18:39:18

私の感動は頂点に達した。亡命してアメリカで身体ひとつで巨富を手に入れた男。アメリカンドリームを手中にした男。KOの山を築き3階級を軽々と制覇し、しかも防衛し続けた男。そして最後、家族のために涙を流し敢えて屈辱を選んだ男。その男があろうことか今度は祖国のために、富を捨て、身を捨て家族を省みず銃を取って戦っている!!聞く人が「まあ落ち着いて」と言うほど感動してまた誰彼と無く話した。
ただこの時点で彼がsandinistaの側なのかcontraの側なのかそんなことは考えなかった。祖国の内乱でギリシャから亡命したクセナキスやメリナ・メルクーリ等とイメージの中で同一線上にいた。

少し冷静になる。彼は何故負けたのだろうか?

まず'82年11月12日の試合。フロリダ州マイアミ、オレンジ・ボール。プロモーターBob Arumは「The Battle Of The Champions」と名づけた。Alexisは妻と家族を愛するクリーンなイメージの貴公子。新しい政権に身の危険を感じ米国に亡命したニカラグア人。一方Pryorは離婚訴訟中、薬物依存症、破綻した生活、ダーティなイメージ。Alexisのボクシング史上初の4階級制覇がかかったこの試合、人気も知名度もひとえにAlexisに負っている。
ただチャンピオン31勝0敗(29KO)、その中に26連続KO記録も含まれる。

ここでまた古い日活映画の様なことが起こる。Alexisを殺害するためにSandinistaが試合前に刺客を放ったのだ。どういうわけかチャレンジャー控え室に護衛の警官がいなかった。銃を持った男がAlexisに近づく。取り巻きが気づいて男を止める。Alexisはシャワールームに逃れる。男は逮捕され、調査の結果Sandinistaの企てが暴露されることとなる。

1,2,3,4回Pryorが優勢、観客は驚く。5回Alexisが応酬、6回は乱打戦となる。7,8,9回は激しい打ち合いのイーブン。この時点でPryorやや優勢。11回Alexisダウン寸前。12回Alexis挽回、有効打を放つ。コーナーに戻ったPryorダウン寸前。この時点で雑誌「Ring」によるとjudgeは124?124の完全イーブン。この直後怪しい出来事が起こる。
PryorのトレーナーPanama Lewisが助手のArtie Curleyが渡したビンを受け取らず「別のヤツ、調合したヤツ」と言い、別のいわくありげなビンをPryorに差し出す。(このトレーナー、後、別の試合で自分のboxerのグローブから緩衝材の詰め物を取り出し相手のboxerを死に至らしめ、有罪判決を受けた)Pryorは吐き出さず、それを飲み込む。
そのビンが実は試合中に外部からPryorのコーナーに持ち込まれたものだとある人が気づき、疑惑が表面化する。数ヶ月に渡った論争となる。WBAはこれを考慮し1983年9月15日の再試合をPryor側に要求することとなった。
ビンの中に何が入っていたのかは、未だミステリー。ただPryorは13回元気回復、全方向からAlexisにパンチを放つ。Alexis、明らかに後退、ダウン寸前。しかしここで耐える。14回必死に挽回をはかる。がPryorがロープにAlexisを追い詰める。そして強力パンチを19発(資料によっては23発)連続的中させる。Alexisの口が開き黒色のマウスピースが見え、顔全体がHalloweenのJack-o'-lanternに見える不気味さだ。眼は眼窩を飛び出たまま宙を舞う。防戦一方、立っているだけのAlexis。RefereeのStanley Christodoulou(南アフリカ)がストップをかけ、テクニカル・ノックアウト。
Alexisが覚醒するまでの4分間、23000の観衆は静まり返ったそうだ。Alexis、試合後入院。雑誌「RING」がPryorを「Fighter of the Year」に、この試合を「Fight of the Year」に、そして後に「Fight of the Decade」に認定、ボクシング史上、最高の試合のひとつとなった。

10ヶ月後ネバダ州ラスベガスで再試合が行われた。10ラウンド、AlexisのKO負け。Alexis,Pryor両者とも、試合後引退を表明した。Pryorは試合後離婚している。
{参考資料:「The Battle of the Champions」?Wikipedia,the free encyclopedia &「Alexis Arguello」?nationalmaster.com,encyclopedia & 「Pryor-Arguello」?antekprizering.com,pryorargeullposter}

いやはや、とんでもない試合だったようだ。Pryorが飲み物の力を借りなければAlexisが負ける筈がない。2度目の試合など、本人はしたくなかったような気がする。

ここでもう一度冷静になる。銃を取って戦っている反政府ゲリラの写真が、どうして雑誌に掲載されるのか。これはひょっとしてpropagandaではないか。
Alexisは1年もたたないうちに引退を撤回、米国に戻り再びリングに立った。

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Juliette Greco 「Mon fils chante(歌う少年)」

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