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BoxingというSport


BoxingというSport 2004年8月26日 (Thu) 12:18:20

いつ誰と誰のタイトルマッチかもう忘れたが、SKと府立体育館に試合を見に行った。あっという間のレフリーストップで日本人側が負けた。「早いんじゃないの」観客がほとんどいなくなった後2、30人が残りリングサイドに詰め寄っていた。別に抗議しているわけではないけれど、ハイハイと帰る気になれない。ちょっとした満員電車状態。首を横に振ると、そこにジョー・小泉氏の姿。
「ちょっと早いんじゃないですか」思わず言った。
「いや、選手に必要以上のダメージを与えないという観点から、最近は特に、あれ位で止めて、問題ないんですよ」思わず答えてくださった。その頃ビデオで毎週見ていたので、つい友達のようにカン違いしてしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「川上さん来はったよ」
近所の人と表で話していた祖母が玄関に駆け込んできた。えぇ?家の前に靴音が近づいてくる。新婚旅行中の川上選手の突然の来宅。「どうぞどうぞ、お上がりください。して奥様はいずこに?」「ホテルで買い物してるよ」

一番最初は私とchaperonの母を中ノ島のロイヤルホテルのフランス料理のフルコースに招待して下さった。兄には英国製缶入りビスケットのお土産。帰りはタクシーまで手配していただいた。部屋には一緒に休暇中の読売巨人軍柴田勲選手のバットがあった。
2度目は中学の修学旅行で行った東京の学生会館にフィアンセ同伴で会いに来て下さった。
「記念にBruxellesちゃんに何か買ってあげましょうよ」と二人で相談して赤とゴールドのオルゴールを買ってもらった。
英語の教師が走って来て「あれ、川上や、君、親戚か?」と興奮して言ったのを思い出す。
試合でも何度か会った。でもやり取りは手紙が中心。「喘息は転地療法がいいらしい。Bruxellesちゃんさえよければ、今度のフィリピン遠征、連れて行ってあげるよ。気候が変われば、よくなるかも知れない」・・こんな親切なことを言ってもらった人は他にはいない。思えば子供の頃、大沢さんといい、川上選手といい、思いがけない人達に大きな愛を頂いている。病気で生きた心地のしなかった子供時代、精神的には充分以上に人々に支えていただいた。

練習しているおもちゃのグローブを見せた。
「ボクシング教えてあげるよ」と、言ってもらった。
私には沢山のボクシングファンから手紙が来ていた。2年前ボクシング雑誌に書いた記事への囂囂たる反響だ。全部本人に見せた。彼は一通一通真剣に読んだ。

川上はボクシングファンほとんどの人の期待を受けて明大ボクシング部からプロに転向したハードパンチャーだった。’62年7月22日、日大大講堂で行われたサマート・ソンデン戦で9回試合を放棄した(右手骨折で)という理由でボクシング・コミッションから2ヶ月の出場停止処分を受けた。挫折を知らない川上の初めての屈辱。

ボクシングは殴り合いでも、殺し合いでもない、スポーツだ。玉砕が正しいわけではない。次へ向けての身体能力の保持、選手生命の管理、家族のためだけではない、プロとして、限界を見極め敗北を選び取る勇気も必要だと思う。
「試合に勝ちを望むのはボクシング界でもファンでもない。まず川上自身だ。(中略)一番悔しかったのは川上であろう。彼は自ら勝負を捨てた。卑怯者に見えるだろうか?私には勇気のある立派なボクサーに見える。また彼はそうであると、私は思っている(後略)」(プロレス&ボクシング、’62年10月号に中学1年のBruxellesが載せた拙文からの引用)

リング上で死人が出るたびに、世界のあちこちでボクシング廃止論が浮上する。殴り合いなど野蛮だと。しかしそれは見ている心が野蛮なのだろう。奴隷を死ぬまで戦わせる暴君ネロの心境がどこかにあるからだ。スポーツとしてルールを考え、選手の身体機能の保持を考え育成を考え、人生を鍛える格闘技としての「道」を考えれば、そして安全指導を徹底さえすれば、廃止などとんでもないことがわかるだろう。
ボクシングがあるからこそ、這い上がってこれる人、這い上がろうと努力する人、世界のあちこちにごまんといる。

涙を流して余力を残して立ち上がらなかった、ネバダ州ラスベガスのAlexisの姿。今から思えば、そこに、家族に対する男の責任や、美学を見て感動したのではない。ボクシングというスポーツに対する愛と、非難に耐える覚悟と、恥を選び取る勇気を見たのだと思う。

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「ハムレット」全曲  Johnny Hallyday
to be or not to be のあたりを、よく詩の朗読のバックに使った。

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